
2021年から、金沢大学が主催する「地域包括ケアとエリアマネジメント研究会」という産官学共同の枠組みと連携し、石川県内の市町村の健康づくりをデータ活用の視点からお手伝いしてきました。この経験は、「地方のDX(デジタルトランスフォーメーション)」の可能性について様々な知見をもたらしてくれました。
この研究会が行っている面白い取り組みとして、石川県羽咋市の「住民の朝の味噌汁の塩分濃度の調査」があります。これは、地域住民の高血圧を改善していこうという取り組みの一つです。塩分過多の食生活が血圧を上昇させるので、実際にどの程度の塩分の味噌汁を食べているかを調べようというものでした。
自治体の了解を得た上で各家庭にスポイトを配布し、朝の味噌汁のサンプルを集めて、地域ごとの特性などを分析しました。2018年の調査では、羽咋市の約8000世帯のうち、1278世帯のサンプルが集まりました。
同じ市内でも地区ごとに塩分濃度の濃さが顕著に違ったり、あるいは「我が家は薄味」と自己申告したご家庭が意外と塩分濃度が濃いめであったりなど、健康指導につなげる上でとても多くの示唆がありました。この結果を基に地区別にカスタマイズした個別の健康指導セミナーにつなげるなどの取り組みを進めていく予定です。個人ごとにパーソナライズした健康指導アプリの開発などにもつなげることができます。
着目したい点は、そもそも「高血圧と塩分」というテーマにおいて、データを集めようというときに「各家庭にスポイトを配る」というアナログなアプローチを試みていることです。このような調査を、各家庭に丁寧なコミュニケーションを実施しながら行えるのは、まさに地方だからできる取り組みと言えるでしょう。
地域の活性化に携わる方々の多くは、「データ活用」や「DX」という言葉を聞いて、一部のITに携わる人々に関わる言葉であり、あるいは問題解決のための単なる方法論にすぎず、自分とは無関係な言葉だと思っておられたのではないでしょうか。
しかし、これまでデータではなく「人」と向き合ってきた現地の人たちこそ、スポイトを各家庭に配るといった東京の人には思いもよらないような方法を発想し、実践して「データを味方につける」ことができるのだと思います。
ほかにもこのプロジェクトでは、羽咋市民の国民健康保険、介護保険、後期高齢者保険、特定健診などの情報を暗号化して統合したデータを扱っています。
これを国の単位でやろうとすればどうなるでしょうか。現在、政府はマイナンバーやマイナポータルを軸に国民の健康情報をひもづけ、行政サービスの利便性向上や医療費の最適化といった取り組みを行っています。しかし、省庁ごとにバラバラに収集されてきたデータを統合することは省庁を横断する大規模な国家事業となり、難易度が高く、コストも莫大になってしまいます。
しかし、そもそも国民の健康情報である健康保険や特定健診の情報は、まず市区町村が収集・蓄積し、これをそれぞれの管轄の中央省庁が集約する仕組みになっています。つまり市区町村には、住民の健康情報が、制度の壁を越えて横断的に集められているのです。
羽咋市では、この蓄積された健康情報を、国に提出するという事務作業のみではなく、住民の健康づくりに生かせないかと考えました。そして住民や議会などと丁寧なコミュニケーションを重ねながら、金沢大学がデータを統合分析し、住民サービス向上の提案を行う枠組みを作り上げました。
東京ではつながらないデータが、地方であればつながる。これもまた、地方発でDXを進めていくことの大きなアドバンテージとなります。
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