3月7日午前10時37分、私は種子島宇宙センターにいた。報道関係者が使うプレスセンター屋上の観望台から、3.5キロメートル向こうに屹立する「H3」ロケット初号機を凝視していた。白く輝く衛星フェアリングに、地球観測衛星「だいち3号」を搭載したH3は、すべての準備を終えて、最後の秒読み――ターミナル・カウントダウン――を続けている。もう人の手を介する段階は過ぎた。すべては事前に仕組んだコンピューターのプログラムの通りに進行する。

10時37分55秒、H3は上昇を開始した。美しい打ち上げだった。快晴の空に固体ロケットブースターの白い噴煙が突き刺さるように伸びていく。超望遠レンズで追っていた私には、固体ロケットブースターの分離がはっきり見えた。
より高品質の光学系で追尾している報道陣は、その後のドッグレッグ・ターンまで見たという。「だいち3号」は地球を南北に巡る軌道に打ち上げるが、種子島から真っすぐ南方向に打ち上げると、フィリピン上空を通過してしまう。そこで一度東向きに打ち上げて途中で、方向を南向きに修正する。飛行する経路が犬の脚に似ているので、ドッグレッグ・ターンという。今回は第1段が向きを変え、あたかも横を向いて飛んでいるかのように思えるところまで見えたのだ。それほど鮮明な打ち上げだった。
失敗は避けられないが
開発が難航して初打ち上げ2年延期の原因となった第1段のLE-9エンジンは申し分ない働きをしてくれた。新規開発の衛星フェアリングも無事に分離に成功。打ち上げ後304秒、第1段と第2段が分離した。ここまでは、計画通りの正常な飛行だった。宇宙センターの構内アナウンスに、打ち上げ隊メンバーが上げたと思しき歓声が流れた。
しかし直後に、状況は暗転する。打ち上げ後316秒に予定していた第2段エンジン「LE-5B-3」への着火が不発。第2段と衛星は、エンジンに火が入らないまま弾道飛行を続け、予定していた軌道からずれていく。そのまま飛行を続けてもペイロード(荷物)の地球観測衛星「だいち3号」を所定の軌道に投入する望みがないとの判断が下り、打ち上げ後835秒の午前10時51分50秒に、破壊指令が送信された。H3初号機打ち上げは失敗に終わった。
ロケットは極限環境で使用する複雑な機械であり、運用初期の失敗はあり得ることとして受け止める必要がある。失敗の後には事故調査による原因究明と対策、そして打ち上げ再開という手順が待っている。H3は新世代のロケットであって、従来のH-IIAよりも大量の打ち上げ中の状態に関する情報――加速度や姿勢、配管各部の圧力や回路の電流電圧、バブルの動作状況などの情報を地上に送信してきている。これらをテレメトリー・データ、通称テレメという。このため、原因究明はかなりの速度で進むことが期待できるだろう。
いや、素早く進めなくてはいけない。衛星打ち上げ産業の進展と共に、事故調査から復帰への速度も高速化しているからである。
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