経営者にとって、「国家」とか「地政学」というものについて考えることがこんなにも必要な時代になるとは思っていませんでした。

 冷戦が終結し、ボーダーレスな時代となり、企業は地球上で自由に経済活動ができるようになると20世紀にはみな思っていたことでしょう。しかし現実には、これまで以上に複雑で多面的な地政学的状況を読み、その先の未来を描いていかなければならなくなっている。どの企業も経営者も無縁ではいられません。むしろ経営者にとって、地政学をどう読むかということは今世紀最大のチャレンジとなるテーマかもしれません。

新浪剛史[にいなみ・たけし]
1959年生まれ。81年に三菱商事入社。91年に米ハーバード大学経営大学院修了、MBA(経営学修士)を取得。2002年ローソン社長CEO、14年より現職(写真/的野 弘路)

 自由貿易の輪を拡大していく世界の流れをトランプイズムが止め、バイデン政権への交代でまた軌道修正されようとしています。一方、もう1つの超大国たらんとしている中国は、自らのテリトリー(領域)を拡大しようとしている。このような米中の対立に加え、欧州もまた独自の価値観やルールを確立して主導権を握ろうとしています。

 この世界3極を軸に起こっているヘゲモニー・ファイト(覇権争い)に巻き込まれずにやっていくことは誰にとっても難しい。なぜならその「ファイト」が、20世紀民族や国家をめぐる軍事力の競争、あるいは生産力と経済規模を決定づける「石油」の奪い合いのように、どの企業もその前提に立たなければ事業を展開できなくなるような激しい争いだからです。

 今、世界は「2つの覇権」をめぐってせめぎ合っています。

データは誰のものか

 1つ目は「データ」をめぐるヘゲモニー・ファイトです。

 人間のあらゆる行動がデジタルに軌跡を残し、蓄積されていく中で、このデータという資源をどう扱うべきかという問題が立ち上がっています。太古の動植物の死骸から気の遠くなるような年月を経て形成されたといわれる石油という地下資源は、埋蔵場所を支配する国や企業が独占したことで何度も戦争を起こし、富を偏在させました。データもそれに似ています。私たち一人ひとりの膨大な行動の記録が日々蓄積され、その集積が、どの企業も無縁ではいられない資源となりました。これを今は一部のプラットフォーマー、米国のGAFAや中国のBATなどが独占しつつあります。

 その動きに「待った」をかけているのが欧州です。データは、それを生み出した個人のものだという考えに立ち、2018年にはEU一般データ保護規則(GDPR)というルールの適用を開始しました。また、上記のようにGAFAには圧倒的な存在感がありますが、これが米国という国家の姿勢かというと必ずしもそうではないので注意が必要です。「米国」と私たちが呼ぶものの中には、GAFAのように国家の枠組みを超えて自由に動く意思もあれば、これを解体・制限して新しいルールを作るべきだという意思もあります。

 データは誰のものか――。経済活動におけるデータの重要性は誰もが認めるところですが、その前提となるこの問いに対して、世界はまだ模範解答を決めかねています。今まさに、米中欧、さらには国家を超えたGAFAがその答えを決定づけようと争っているのです。

 では日本の立場はどうなのか。2019年1月にダボス会議で安倍晋三首相(当時)は「DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト):信頼性のある自由なデータ流通」という概念を提唱しました。データは「自由な流通」が保障されなければならず、しかもそれは「信頼性」に裏打ちされたものである必要がある、という考え方です。

 この考え方自体は正しいと思いますが、日本はデータをめぐるヘゲモニー・ファイトの中で存在感を示せているかと言われれば、残念ながらそんなことはありません。

 なぜかと言えば、日本がデータを十分に使いこなせていないからです。そもそもデータを扱う実績のない国がどれだけ優れたビジョンを打ち出したとしても、現実的にはなかなか他国が耳を貸してはくれません。データを使って、ノウハウが蓄積されて、良い面も悪い面も知り尽くしているからこそ他国が耳を貸そうとするのではないでしょうか。データをまともに使えない国がルール・メーキングに参加できるはずがありません。今のままではDFFTは、アプリケーション(利活用の方法)にあまりに乏しく、言葉だけが独り歩きしていくのではないかと危惧しています。そのような現況において、データの取り扱いのルール作りについて日本が強いリーダーシップをとれる可能性はあまり高くないと思います。

 だから、日本はまずはどんどんデータを活用していくべきです。デジタル庁の創設が決まったことは、デジタル化を実現しなくてはという強いコミットメントに感じられます。周回遅れと冷笑する向きもあるかもしれませんが、やるべきことをやるのに遅過ぎるということはない。どんどんやっていくべきです。

続きを読む 2/3 2050年宣言とバイデン政権誕生で日本の財界の景色が一変

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