2011年の東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故から12年がたつ。ユニークなスタートアップ企業が次々に進出、「フクシマバレー」とも呼べる様相だ。23年4月に注目の研究機関も設立される。新たな局面に入っている福島を歩いた。

アバターロボットを開発するメルティンMMIの粕谷昌宏代表(写真:尾苗 清)
アバターロボットを開発するメルティンMMIの粕谷昌宏代表(写真:尾苗 清)

 「米国シリコンバレーのような開発環境に加え、さまざまなネットワークも整ってきた」

 メルティンMMI(東京・中央)代表、粕谷昌宏氏は福島の今をこう表現する。2013年設立で社員約25人の同社は、人の手の動きをリアルタイムで再現して動くアバターロボットの開発で幅広い注目を集める。生体信号を利用した医療機器は既に実用化。脳と機械を結び付けるブレーン・マシン・インターフェースにも取り組むなど、技術に定評がある。

企業吸い寄せるテスト施設

 同社が拠点を置くのが福島ロボットテストフィールド(RTF、福島県南相馬市)だ。被災地を中心に新産業創出を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」の中核施設として、太平洋に面しており震災と原発事故に遭った「浜通り」エリアにつくられた。

福島ロボットテストフィールドは国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」の中核施設になっている(写真:尾苗 清)
福島ロボットテストフィールドは国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」の中核施設になっている(写真:尾苗 清)

 テストフィールドの約50ヘクタールの敷地には、滑走路や緩衝ネット付き飛行場などを持つ無人航空機エリア、浸水した建物などがつくられた水中・水上ロボットエリア、再現した市街地などのあるインフラ点検・災害対応エリアを備えている。

 研究棟などの開発基盤エリアには、メルティンMMIなどスタートアップを中心に全国から集まった企業や研究機関約20社・団体が入居し、日々実験や研究開発に取り組む。「環境が整っているRTFでは必要なテストがすぐにできる」と粕谷氏は話す。同社は開発したロボットを将来、原発の廃炉作業に導入する構想を持つ。

 RTFは20年の全面開業から3年ほどが経過する中、進出企業の中には手厚い補助金を活用しながら早くも近くに工場を建設するところが出始め、シリコンバレーのように産業の層が厚みを増しつつある。

 「空飛ぶクルマ」と呼ばれる電動垂直離着陸機(eVTOL)を手掛けるテトラ・アビエーション(東京・文京)はその一社だ。東京大学発スタートアップの同社は、eVTOL「Mk-5(マークファイブ)」の開発を進行中だ。1機の値段は5800万円ほど。海外で数件の予約を獲得し、ビジネス化のフェーズが近付いている。

テトラ・アビエーションは電動の垂直離着陸機を開発中
テトラ・アビエーションは電動の垂直離着陸機を開発中

 空飛ぶクルマは世界のスタートアップが開発するモビリティー産業の先端分野で、競争が激しい。テトラは今、RTFに隣接する約1万3000m2の用地に自社専用のネット付き飛行場や事務棟を建設しており、開発を急ぐ。新拠点は福島県の補助金事業に採択された。

 新井秀美取締役は「福島は他の地域に比べて補助金が充実していると同時にスタートアップを応援する空気が強く、それが今の成長につながっているのは間違いない」と話す。22年に岸田文雄首相が福島を視察した際に同社を訪れるなど期待は高く、今後は組み立て工場などを整備していく計画だ。