バレンタインデーにおける義理チョコの代名詞といえば有楽製菓の製造するブラックサンダーだろう。価格は1個30円(税別)。甘いミルク風味のチョコレートとビターなテイストのクッキーが織りなす味と食感のマリアージュ。安価な菓子ながら多くのファンが存在する。

「一目で義理とわかるチョコ」というキャッチコピーを掲げて、義理チョコといえばコレといった確固たる地位を築き上げたブラックサンダー。しかし、義理チョコ文化に支えられてきたが、2021年にはそんな「煽り」を行ってきたことについて謝罪をしたいというスタンスに転じた。どのような変化があったのか。有楽製菓社長の河合辰信氏を直撃し、真相を聞いた。

打倒チロルを掲げた由々しき事態

<span class="fontBold">河合辰信(かわい・たつのぶ)氏</span><br />1982年生まれ、愛知県豊橋市出身。横浜国立大学大学院修了後、外資系企業を経て、2010年有楽製菓入社。入社後はマーケティング部の立ち上げを行い、独自色の高い広告やプロモーションでブランド認知を高めた。2018年から現職。(写真=稲垣純也)
河合辰信(かわい・たつのぶ)氏
1982年生まれ、愛知県豊橋市出身。横浜国立大学大学院修了後、外資系企業を経て、2010年有楽製菓入社。入社後はマーケティング部の立ち上げを行い、独自色の高い広告やプロモーションでブランド認知を高めた。2018年から現職。(写真=稲垣純也)

今でこそ義理チョコ=ブラックサンダーというイメージが定着していますが、昔は「チロルチョコ」のイメージが強かった気がします。ブラックサンダーが義理チョコで突出するまで、どういった経緯があったのでしょうか。

河合辰信・有楽製菓社長(以下河合氏):有楽製菓は、1994年発売のブラックサンダーを主力商品としつつ、兄弟商品のビッグサンダーやロングセラーのデラックスミルクチョコレートなど、チョコレート菓子を中核に成長を続けてきました。

 10年ほど前のことです。会社の経営状況を見ていたところ、月別の売上高は12月が一番高かった。これは年末年始に工場が休むという事情があり、多めに年末の出荷をするためです。冬はチョコレートが溶けにくく、おいしく食べられる季節なのでそもそも売れる時期でもあります。ただ、国内のチョコレート業界が最も熱くなる時期である2月に、そこまで大きな山をつくれていなかったのです。

バレンタイン商戦に絡めていなかった。

河合氏:そうなんです。バレンタインにどうにか自社のチョコを売りたい。主力商品を推すしかない。ただ、ブラックサンダーは1個30円くらい。

 ひいき目に見ても、本命にはなれない。

 本命として渡されても、誰も納得してくれません。ならば、義理チョコではどうか、と。ただ、義理チョコをめぐって、当社でも由々しき問題が発生していました。

詳しく聞かせてください。

河合氏:チョコレート菓子が主力商品の当社でも、社内で義理チョコとして「チロルチョコ」が配られていたんです。これは異常事態です。

現実は甘くなかった。

河合氏:ここはもう、何としてもウチがこのポジションを取りたいと。打倒チロルさんを勝手に掲げ、ブラックサンダーに「一目で義理とわかるチョコ」というキャッチコピーをつけてプロモーションを行いました。

2013年2月初めに、東京メトロ丸ノ内線新宿駅地下通路に掲載した広告。併せて「義理チョコの素」と呼ばれる、ブラックサンダーと義理チョコのお作法が書かれたカードなどが入った専用缶の自動販売機も設置した
2013年2月初めに、東京メトロ丸ノ内線新宿駅地下通路に掲載した広告。併せて「義理チョコの素」と呼ばれる、ブラックサンダーと義理チョコのお作法が書かれたカードなどが入った専用缶の自動販売機も設置した

このフレーズは当時も話題になりました。お求めやすい価格で私たちの生活を支えてくださる有楽製菓さんですが、義理チョコというバラまき市場を侵食していくことに、社内で反発などはありませんでしたか。

河合氏:総論賛成、各論反対といった感じでしょうか。1955年の創業以来、安価であっても高いクオリティーの商品開発・生産を続けてきた自負がそれぞれにあります。

 ただ、先ほども言いましたが、どう考えてもブラックサンダーは本命チョコにはならない。

 なり得ない。

すごい自信ですね。

 そこは誰もが納得する部分だったので、義理チョコに振り切っていくぞ!と。飛び込み営業に来た広告代理店とタッグを組んでキャンペーンを張り、そこで出たのが「一目で義理とわかるチョコ」というキャッチコピーです。

 代理店から提案された当時、これは面白いと直感しました。より注目を集め、高級チョコ広告などとは異なる、ブラックサンダーならではの立ち位置が示せると。非常に気に入ったので、バレンタイン仕様として大きくパッケージにも明記して展開しようとも考えました。ですが、もしバレンタインで売れなかった場合に大量の在庫を抱えることになるため反発があり、それは断念しました。

世間の反応はいかがでしたか。

河合氏:初日から人だかりができ、キャッチコピーをスマホで撮影する人も多く、マーケティング的には大成功を収めました。テレビや雑誌、WEBなどあらゆるメディアがひっきりなしにこの広告キャンペーンを報道してくれました。広告自体が話題となることで、より多くの露出を獲得できました。

次ページ 成功したかに思えたブランディングの予測できない結末