飲食店は営業時間を20時までにするよう要請されている。そのインパクトは終日の休業要請に近い(写真:千葉 格/アフロ)
(「コロナ禍による死者数が本当は分からない日本、統計の致命的瑕疵)」も併せてお読みください。
政府が取り組む支援策は一般に、対象を絞り込んだうえで、必要な人に必要な措置を講ずることが重要だ。新型コロナウイルスの感染拡大への対処もまったく同じである。例えば、米欧諸国が昨春実施したロックダウン政策は、致死率の高い高齢者だけを対象に行うべきだったという研究がある。日本が実施した一律10万円の特別定額給付金についても、生活に困っている人に絞って支給するのが適切だったという意見が聞かれる。
現在進行中の、営業時間の短縮に協力する飲食事業者に対する協力金についても同様のことがいえる。政府が所有する情報をより効率的に使うことで、より公正かつ効果の高いエビデンスベースの支給が可能となるのではないだろうか。
協力金は一律「1店舗当たり1日6万円」
感染拡大の第3波が到来し、緊急事態宣言が再度発動された。対策の柱の1つが、飲食店などを対象とする営業時間短縮の要請だ。政府や東京都などの都府県は、午後8時までの短縮に応じた飲食事業者に対して、1店舗当たり1日6万円の協力金を支給する。
今回の支給に当たって政府や都府県は、「支給額が低い」との不満に対応するため、1事業者ないしは1店舗当たり1日4万円だった協力金を1店舗当たり1日6万円に増額した。しかし、増額後も、要請に従わず営業を続ける事業者がみられる。
今国会で、新型コロナウイルス対策の特別措置法の改正案が審議されている。時短や休業の実効性を高めるべく、協力要請に加えて命令を都道府県知事が出せるようにするとともに、命令に従わない事業者に対して行政罰として過料を課す条項が盛り込まれている。金額は当初案より減額されたものの、「罰則を課す以上、事業者への十分な補償が不可欠」との指摘がなされている。
「1店舗当たり1日6万円」で協力する気になるか
この「1店舗当たり1日6万円」という一律の協力金は果たして適当なのだろうか。日経新聞(2021年1月21日朝刊)は、零細事業者を中心に飲食店の7割程度には恩恵が大きい一方で、規模の大きい大手は、店舗のコストをまかないきれないと指摘している。
全国には、約59万の飲食店舗が営業している。その規模には大きなばらつきがある。ここでは、規模のばらつきを、1店舗1日当たりの「付加価値」でみる。飲食店の付加価値は、飲食というサービスを提供することによって新たに作り出す価値のこと。売上高から、原材料費や販売管理費(人件費を除く)を差し引いて計算する。
図表1は、その1店舗1日当たりの「付加価値」を店舗ごとの従業者規模別にみたものだ。1店舗1日当たりの付加価値は、従業者1~4人の小規模店舗では0.9万円、5~9人では3.6万円であり、協力金の6万円を大きく下回る。従業者数が10人未満の小規模店舗は全体の8割を占める(図表2)。
他方、規模の大きい店舗ではこうはいかない。1店舗1日当たりの付加価値は、従業者50人以上の店舗では36.5万円、30~49人では19万円、20~29人でも13.5万円だ。
このうち一定部分については午後8時までの営業によって確保できるとみられるが、実際のところ、昼間も含めて客入りは大幅にダウンしている。緊急事態宣言が出された後、自粛ムードが高まったからだ。
予約・顧客管理システムを提供する「トレタ」の集計では、1月22~28日における1都3県の飲食店の来店客数は、前年同時期と比べてトータルで75%の減少を記録した。時間別にみると、午前11~午後5時で44.6%減、午後5~8時で80.3%減、午後8~午前0時で93.5%減という具合。政府と都府県が要請しているのは時短であるものの、売上高が被るダメージは終日の休業要請に近い大きなものとなっている模様である。居酒屋や日本料理店など夜間営業への依存度が高い業態では、この傾向が一層強いだろう。
1店舗1日当たり6万円の協力金では、時短に伴う収益の悪化をカバーするのは難しいと考えられる。
「エビデンス」ベースの協力金支給が難しい理由
協力金を支給することで感染を効果的に抑制するためには、小規模の事業者だけでなく規模の大きい事業者に対しても、時短による収益悪化分をきちんと補填する必要がある。「人の命がかかっている緊急事態。多少の収益の悪化は容認すべきだ」との見方もある。だが、緊急事態宣言の期間が長期化する場合、収益悪化分がしっかり補填されないまま時短への協力を続けると、事業の継続そのものが困難となるだろう。「コロナ禍による死者数が本当は分からない日本、統計の致命的瑕疵」の回で指摘したように、新型コロナ禍で事業がうまくいかなくなり自殺する人が増加することになれば本末転倒だ。
実際、1店舗1日当たり6万円の協力金では十分な補填ができない可能性がある従業者20人以上の大規模の店舗は、売上高でみると全体の4割以上を占める。売上高が客の多寡に比例すると考えられるため、これらの店舗で時短に協力するインセンティブが十分働かないと、感染抑制策は十分に機能しない恐れがある。
同時に、税金を効率的に使う観点からは、協力金の額を、時短による収益悪化分を過不足なくカバーする金額とすることが重要だ。1店舗1日当たりの一律協力金を、大規模店舗の収益悪化に見合う額までさらに引き上げるのは、小規模な店舗には過大な支給となるので適切ではない。すなわち、時短に対する協力金は一律の金額ではなく、時短実施によって失う利益(逸失利益)に見合うかたちで支給額を決定するのが望ましい。
ただし、逸失利益をリアルタイムに算定することは容易ではない。よって、逸失利益に比例すると考えられる付加価値や粗利益を算定基準に用いる方策が考えられる。
もっとも、粗利益も迅速に把握するのは容易ではない。飲食事業者は通常、年に1度の税務申告(事業決算)の際に粗利益を計算するだけだ。それ以外のタイミングで粗利益を把握するのは事務負担の面から現実的でない。また、経費のうちどの項目を仕入れ原価に算入するかは会計上の考え方に依存するため、事業者によって粗利益の水準に幅が生じてしまう。リアルタイムで公平に把握するのは困難である。
指標の代替候補として、売上高、従業員数、店舗の床面積なども考えられる。これらの指標は比較的容易に把握できるが、補填の対象となる粗利益との関連性は必ずしも高くない。薄利多売型の業態の場合、売上高は大きいが粗利益は小さい。従業員数も、正社員、非正規社員、さらには家族従業者など労働時間や貢献度が異なる従業員が混在する環境では、粗利益との連動性は必ずしも大きくないであろう。店舗の床面積も同様である。
さらに、これらの指標は、協力金の支給額を決める国や都道府県の立場からみると、申告される数字が正しいかどうかを検証するのが難しい。外部からリアルタイムで入手できる客観的な資料に乏しいのだ。これは実務上、大きな問題となる。場合によっては、虚偽申告や不正受給の温床になりかねない。
国や都道府県も、本来であれば協力金の金額は飲食事業者が生み出す付加価値や粗利益の規模に応じて変化させるのが望ましいと考えているだろう。だが、これらを測る適切な指標を迅速に得るのが困難であるため、次善の策として、一律とする選択をしていると思われる。
「給与」の支給額なら月次で追加負担なく把握できる
エビデンスに基づく協力金の支給は、本当に解決策がないのだろうか。実は、政府内にすでに存在する「あるデータ」を使えば解決が可能だ。
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