日立製作所名誉会長の川村隆氏は、かつて、日立製作所が7873億円の最終赤字を出した直後の2009年、執行役会長兼社長に就任し、日立再生を陣頭指揮した。コロナ下において低迷にあえぐ日本経済を、これからどう立て直すべきか。川村氏の著書『ザ・ラストマン』の新書版から、特に若い世代に向けたエールを前編に続いてお届けする。若い世代に機会を与えることが求められるリーダー・経営層にも響くところがあるはずだ。
前編の最後で触れたように、これからのポストコロナ時代には、需要の落ち込みの大きい業界が出てくるし、全体的にも2008年の世界金融危機のときを上回る需要不足が出てきます。痛みのある改革に前向きに取り組み、かつ既存事業の労働生産性改革にも新規事業開拓にも、正面から取り組める企業だけが生き残れます。
そのためにはまず、経営層と組織の中堅層、さらに若手層のすべての層において、組織内にどっかりと居座ってしまった「熱意なき職場病」からの脱却を図らなければなりません。
このときには、経営層、中堅層のみならず、若手層をも含めた意識改革運動が必要です。
経営層・中堅層は、上述の「既存事業と新規事業の二兎(にと)を追う改革」を、若手層は「小集団によるカイゼン運動」に基づく意識改革(前編参照)によって、企業の本来責務を実行できるような「熱意ある職場」を日本中に復活させることです。
企業の本来責務とは、企業が毎年創出する付加価値の持続的向上により、ステークホルダー、そして社会に還元される付加価値を増やしていくことです。ちなみに企業の創出付加価値とは、「売上高-仕入れ原価」のことであり、この値の全企業総合計が日本のGDP(国内総生産)となって、国力経済力の評価の基準になっているのです。
人口減少下にあってもGDPの持続的向上が実現できれば、日本は欧米諸国に比肩できる上位経済国に復帰できる条件が整い、国際社会でのリーダーの一員への復帰も展望できるでしょう。そして上位経済国に復帰して地球環境などの世界的課題に大きな貢献ができるようになってようやく、日本の安全保障も確保できるということでしょう。日本企業の果たすべき役割は大きいのです。
「ヒト」という資源、「情報」という資源
企業経営者の仕事は、経営資源を最適配分することから始まります。
ヒト、モノ、カネ、情報という資源のうち、これまではカネが重要な要素でした。資本主義、株式会社、市場経済という人類の発明は、資本つまりカネを出発点としているから当然のことです。
今後は、少し乱暴に言うと、カネとモノは従来比でやや重要度が下がります。カネもモノも、特に先進国では比較的だぶついてきているからです。ただ、これには前提がいります。それは、「先進国でも途上国でも、社会格差は拡大基調であるが、その是正が今後もなされ続け、カネ、モノは従来以上に広く社会全般に行き渡り、格差は減少に向かう」という前提です。
その中にあって、「ヒト」と「情報」という資源の使い方は従来に増して重要度が上がってきています。
業務システムに「経営者の思想を入れる」
経営者は、情報の取り扱い方に従来以上の工夫と努力が必要になります。
社内外で発生していることをモニターするのにも、瞬時に情報が世界中から集まってきて、それらを人名や企業名や発信者の付けた格付け他によってAIスクリーニングを行い、かつ最初の指示がすぐ出せるように、社内デジタル改革(DX)を済ませておく必要があります。
DXとは「従来業務のデジタル化」などではまったくなく、「業務システムを、“稼ぐ力”の持続的向上型に変更すること」です。ここには経営者の思想が入っていかなければなりません。
経営者がデジタルデータ部門を直轄して、「自分は日次ではこういう数値と情報がほしい。各週では〇〇、各月では〇〇……」と指示し、「そのためにシステムはこういうインプットに対しこういうアウトプットを出せるように」と言わなければなりません。
また、経営者は人材育成や人材獲得など、ヒトの確保にこれまでよりはるかに努力が必要です。現在では、企業価値は「株式時価総額+有利子負債」等々で近似されていますが、いずれ社内の有為な人々の未来価値換算値がそれに加わってくるはずで、それくらい人材価値は重要になります。日本では相変わらず大学卒からの新規採用が主流で「育てる文化」ですが、欧米型の、出来上がった人材を「連れてくる文化」も同じくらい重要になります。
人材はすべからくプロフェッショナル人材でなければならず、年功序列・終身雇用制による従来型の枠組みは企業の中の一部分にのみ残される形になります。
企業にとって一番難しいが大切なことは、稼ぐ力増強のための平時からの改革です。「現状維持」をめざすと「衰退」しますから、稼ぐ力の回復・増強をめざして改革をします。
その改革の要点は、既存事業の中から今後の衰退事業を見極めて外に出すこと、残った既存事業の中からも、生産性改革により稼ぐ力を増大した上で、外に出せる経営資源を新たにつくり出すこと、そして衰退事業や既存事業から新しく生まれた経営資源たるヒト・モノ・カネ・情報を、あらかじめ社会実験などをしながら調べていた新事業に注ぐことです。新事業は、まったくの新分野というよりは、既存事業の周辺の土地勘のある事業などがよいでしょう。
「創業2代目以降」は必ず平時の改革を
現状維持をめざすだけの経営では企業が危機に落ち込むわけであり、危機以前からこの両立て経営、「二兎を追う経営」を常時やっておくことが経営の基本です。
創業者に次ぐ2代目以降では必ずやらなければなりません。2代目以降では日本でも米国でも企業の利益率がじりじりと下がるのが実績的に見られますが、それは、経営者も従業員も競争を望まず、痛みのある改革を先送りにし、様子見経営をするのが原因です。それでも米国では平均的に100年近くは漸減的ですが、日本では2代目以降ただちに稼ぐ力の降下が始まる例が多いのです。
日本全体に「真面目なのだが受動的な人々」と「熱意なき職場」がまん延し、痛みのある改革に取り組まなかった結果がこれなのです。
以上が、経営者が今後取り組むべき重要な点です。
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