全6342文字

今回は将棋界のレジェンド、中原誠氏のインタビューをお届けします。

24歳で「名人」となった中原氏は“中原自然流”という言葉でも知られます。勝つための要素は何かを語った中原氏の言葉をぜひ、お読みください。

掲載号:1978年1月2日号(記事の内容は掲載当時のものです)
中原誠(なかはら・まこと) 氏
昭和22年、宮城県生まれ。30歳。5歳から将棋をおぼえ、32年高柳敏夫八段に入門。36年初段、40年4段、45年A級8段。43年、二度目の挑戦で初のタイトル「棋聖」位を獲得、47年、大山名人を破り、史上最年少の24歳で「名人」となる。現在、七大タイトルのうち、「名人」「王将」「十段」「王位」「王座」の五冠王。(写真:共同通信)

原田泰夫九段が命名したという“中原自然流”の異名は、無理のない棋風とともに、素直な人柄を表す言葉として使われる。かつて大山名人を破ったとき、「どの辺で勝ったと思ったか」との質問に「名人が投げたときです」と答えたのは、語り草。棋士には数学が得意な人が多いが、中原名人は「文科系の方が得意だった」という。

30歳の若さで棋界の五冠に輝く中原誠名人。その“自然流”は「攻めと守りのバランスを考え、無心に局面ごとの最善手を求める」ところに極意がある。企業にとって多難が予想されることしの門出にあたって、「自信を持ちながらも謙虚に」黙々と勝負にいどむ姿勢からは学ぶべき点が多い。

(聞き手は本誌編集長、吉村久夫)

 名人は天才だと思うんですが、それでも基礎からやったことが良かったと、ご自分でもおっしゃっていますね。

 そうですね。偶然そうなったというか、5歳のときに将棋を覚えまして、小さい頃から将棋になじむ環境に置かれたことが幸いしました。あまりおもちゃなんか買ってもらえませんで、それも将棋に熱中するきっかけになりました。プロ棋士になった人は5歳ぐらいに始める人が多いのですが、普通の人は小学校へ上がってからでしょうから、その点でも恵まれていましたね。

 高柳八段の内弟子になられたのが昭和32年。3段から4段になられるときにかなり足踏みされましたね。それが結果としては良かったのでしょうか。

 そうですね。私は入門から4段になるまでに8年ぐらいかかりました。特に3段から一人前のプロである4段になるのに時間がかかりました。(入門から4段になるのに)早い人で3年、昔通5年ぐらいでしょうね。結果的にはそれが良かったですね。4段からは割と早くいきましたから。人によって、昇進の仕方は違いますね。どっかで停滞するところがありまして、なかなかこう、平均的にはいきませんね。一本調子で最後まで駆け上がる人はいません。そういう人はそれこそ天才ですね。