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 今回ご紹介するのは、トヨタ自動車工業の最高顧問まで務めた社長時代の豊田英二氏のインタビューです。

 英二氏は創業者の佐吉氏の甥(おい)で、現場主義の経営者として知られています。

 記事の中で、当時の編集長が大胆にも「自動車産業の寿命はあとどのくらいか」と尋ねているのに対し、馬車が自動車に代わった歴史を踏まえて、「革命的な切り替わりがある場合、うまく自動車屋に乗り換わった馬車屋もあれば、馬車にしがみついて廃業やむなきに至ったものもあるわけで、その革命的な変化にうまく乗れるか乗れないかということではないか」と答えています。

 電気自動車の出現やMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)のような移動社会の到来の中で、様々なチャレンジを続ける現在のトヨタの姿を英二氏が見たら何と言ったか、興味深いところです。

掲載号:1977年4月25日(記事の内容はプロフィル部分を含め、掲載当時のままです)

豊田英二氏
大正2年、名古屋市生まれ。63歳。豊田佐吉翁の甥。昭和11年東京帝国大学工学部を卒業、豊田自動織機製作所に入社。12年トヨタ自動車工業の設立と同時に移り、20年取締役、25年常務、28年専務、35年副社長、42年社長に就任。現在、日本自動車工業会会長、経団連、日経連各常任理事。趣味は水泳。「社長をつかまえるにはプールへ行くのが一番」と社員にいわれるほど。(写真:共同通信)

「ふだんはケチに徹するが、いざというときには、ほかに一歩先んじてパッと投資する」。不況もものかわ、「目標はGM(ゼネラル・モータース)」と照準を定め、世界一へ向けてひた走るトヨタ自動車工業の総帥、豊田英二社長はその秘策をこう明かす。単なるケチとは無縁のトヨタ式合理主義の神髄を披露してもらおう。

(聞き手は本誌編集長、吉村久夫)

 産業界がおしなべて不況の中で自動車は恵まれていますね。

 いや、輸出がいいからよさそうな顔をしているだけで、国内販売は不況ですよ。トヨタグループの中でもディーラーなど国内だけの仕事をしている連中は苦しいですね。鉄鋼が値上げするとかなんとかいっているようだが、いっぺん値下げ交渉しなきゃいかんと思ってるんです(笑い)。

 海外生産も一つの対応策でしょうが、完全に海外生産したら、日本からみたら輸出でもなんでもない。せいぜい配当収入だけですからね。それで日本としていいかどうかということになりますからね。

 自動車のライン生産が今の若い人に合わないという議論がよくありますね。現にボルボがグループで自動車を組み立てています。日本の場合どうなんでしょうか。

 ボルボはライン生産ができない環境にあるからそうしているだけで、そりゃあライン生産の方が効率がいいに決まってますよ。ただ、ライン生産というと皆さん、朝から晩まで同じことをしているという感じで考えておられるが、われわれのラインはそうではない。一つのラインの中で何十何百種類のものが流れているわけで、作業員の作業内容も1人1人少しずつ違っている。

 常に指令に反応した動作をしなければならないし、同じことを目をつぶってでもやれる作業とは違います。また作業員がその作業をどうこなすか、そのこなし方についても、自分で工夫すれば楽にいくケースもたくさん出てくるわけで、要するに常にそれを考えながら仕事をせいということになっている。機械的な流れ作業とは全然違うわけです。

 結局、飽きがこないようにして、しかも常に判断を伴う作業をするようにしてあるわけですか。

 一種の判断を伴う作業です。判断を伴わない作業はほとんど機械がやりますよ。機械に判断させるのは不可能ではないにしても非常に難しい。果たして機械に判断させるのが経済的かどうかも間題ですね。