社員の技術が一番の財産
問 工場はもちろんですが、海外調達も社長自ら世界中を飛び回って道筋をつけてこられたんですか。
答 いや、全部じゃないです。アジアの調達先は400社あり、当初10年ほどは年に20回くらい足を運び、1カ月の半分くらいは海外でした。それを200社程度に集約しているところですが、20年選手も育ってきて、今は1カ月に1週間ほどですね。欧米向けと日本とでは仕様が違うので最初はクレームの山でしたよ。欧米人は足が長いでしょ。靴を履くと7~8cmも。テーブルの脚を短くしているうちに切りすぎて、仕方なく燃やしちゃったとかね。調達を始めて3~4年し、ようやくクレーム率が10~20%に減りました。
アナリストからは為替変動に対応して、なぜ予約しないのかと言われますが、逆に、変化が激しいとそれに何とか対応しようとするでしょう。そうすると、社員の技術が上がってくる。社員教育になるんです。倉庫をどんどん借りて何億円も損を出すこともありますが、変化に対応していくには、社員の技術が一番の財産になる。だから、よその会社が怖がるリスクをむしろチャンスととらえ、積極的に取りに行く。400社と商社を介さずに、直取引しているのもそのためです。
問 社員のみなさんは、社長の言う通りに動くんですか。
答 海外調達は、1985年のプラザ合意で1ドル150円くらいになった時、「チャンスだ。行くぞ」と言ったのが始まりですが、誰も来なくてね。「社長どうぞ、1人で行ってください」と。寂しく1人で行きましたよ。でも、お客さんのニーズに目を向けていれば、そのうち一緒に来るんですよ。
そりゃ、改革をする時は、誰が社長でも社員は必ず抵抗勢力になりますよ。改善は薬を塗ったり、飲んだりで、そんなに苦労はしませんが、改革はリスクがあってなかなか成功しないし、手術だと血出します。もう生きるか死ぬかですから、嫌がります。ニトリカラーの製品開発に取り組んだ最初の頃は、売れなくて過剰在庫になって、社員ももうやろうとしない。なぜ失敗したか、米国で学び「よし、またやるぞ」と号令をかけたら「やめたのになぜですか」と問い返してきました。そこで、売れなければ会社が危ないぞ、自分たちにかかわってくるぞ、という状態に持っていくんです。すると、こりゃ、まずいと思い始める。失敗してボツになり、さらに調査し、準備して挑戦する。これまで、その繰り返しでした。
問 今後の事業展開については、どのように計算していますか。
答 一応、この先の30年の計画を立てているんです。2030年に店舗数3000、売上高3兆円、それと新しい業態を開発する。海外出店も。
問 3兆円は今期の売り上げ見込みの30倍ですね。
答 前に30年計画を作った時は売り上げが1億5000万円でしたが、30年後に500倍以上になりました。それから見れば、数倍なんて大したことありません。
問 15分の1ぐらいのスピードで大丈夫だと。
答 分母が大きいだけだ、大したことないと考えないと取り組めないですよね(笑)。そうすると、社員も半信半疑でほとんど信用していないけど、やっているうちにやっぱり、その気になってその数字を目標にする。そうするうちに自分たちの技術が自然に上がるんです。でも、そこで改善をしていても間に合わない。大切なのは目標から今を見るワークデザインです。
現在の位置から未来を見ると、改革はなかなかできない、改善しかできない。だけど目標から、今やっていることではダメだと現状を否定する。今の店舗数にするのに30年かかったのを1年でやらなければいけないなら、どうしたらいいかなという発想。それを考えるのは非常にやりがいがあります
6年前、当時メーンバンクだった北海道拓殖銀行が経営破綻した時の資金繰りの苦労を伺いました。直前まで「借りてくれ、借りてくれ」としつこくつきまとっていた別の大手都市銀行が、拓銀破綻と同時に「あの話はなかったことに」と手のひらを返したそうです。
昨年秋の東証1部上場を機に、その銀行から再び「取引をお願いしたい」という申し出がありました。臆面もなくと憤りつつも、当時の担当役員が札幌まで挨拶に来て、カラオケにつき合うことを条件にしたそうです。「いやあ、カラオケ嫌いで有名な人だったけど、夕焼け小焼けの赤とんぼを歌わせちゃった」。転んでもただでは起きない人だと思いました。
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