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レジェンドたちの言葉、今回ご紹介するのは、世界的な編み機のメーカーである島精機製作所の創業者、島正博氏へのインタビューです。紀州のエジソンとも称される島氏。現在は会長に就任していますが、島氏の情熱は、社内のみならず多くのビジネスマンやイノベーションに挑む研究者、エンジニアたちを刺激します。

掲載号:1997年10月6日号:記事の内容は、掲載当時のものです。

島 正博(しま・まさひろ)氏
1937年3月 和歌山市生まれ、60歳
 56年3月 県立和歌山工業高校機械科卒業
 61年7月 三伸精機(現島精機製作所)設立
 64年12月 全自動手袋編み機を開発した後、67年横編み機業界に参入。78年にコンピューター制御の横編み機、81年にデザインシステム、95年完全無縫製型横編み機などを開発。伊ベネトン社に約2000台の横編み機を納入。
(写真/共同通信)

ニット製品用の横編み機では後発ながら世界市場の6割を押さえた。伝統にとらわれていたドイツのライバル企業を尻目に 電子制御の革新的な商品を次々と開発してきたことが勝因だ。その秘訣は「客の立場で、他社にない魅力を考えること」だと言う。

(聞き手は本誌編集長、平田 育夫)

欧州では会社の方針説明から始めた

 ニットといえば欧州の伝統産業で、ドイツのストール社のように100年以上も前から編み機を作ってきた会社もあります。島精機はゼロから出発してそうした欧州の企業と戦い、世界でシェアを伸ばしてきました。世界で勝つことができたのはなぜですか。

 欧州は伝統を重んじますから、最初は営業マンが行っても「東洋の機械なんか要りません」「100年も前からストール社の機械を使っています」という感じでした。ですから売り込みは、「こんなコンセプトで機械を作っています」と、会社の方針を説明するところから始めました。

 先方も魅力を感じればテストをしてみようとなる。使ってみて生産性が上がり、他社の機械では作れなかったものができるとなれば追加の注文が来る。そういうことの積み重ねでした。

 輸出し始めたのはコンピューター化した機械を開発してからです。他社もすでにコンピューター編み機を出していましたが、それらはコンピューターを利用して柄を出すだけのものでした。私はコンピューター制御で、柄も出し、編み方や目の粗さも変えられるようにしたのです。

 毛糸を編むときの針の動かし方は3通りあるのですが、柄を出すだけなら、このうち2つの要素だけ使えばよい。ですが、セーターは裾がゴム編みだったり、編み方が違いますね。これをこなすには3つの要素が必要です。それで工夫をして、3つの動きをコンピューターで制御できるようにしたのです。そうしたら柄も編めるしゴム編みもできる。それにS、M、Lとサイズの違うものを編むときも針を入れ替えなくてよい。

 それと、目の粗さの調節も、他社の場合はいったん編み機を止めて切り替える必要がありましたが、機械を動かしながらできるようにしたのです。そうしたら人手はかからず、機械の稼働率は上がる。機械の価格もそれほど高くはなく、日本からは遠いけれどサービスはきっちりやる。そういう魅力をお客さんの立場に立って提案してきたことが、シェアの上昇につながったと思います。

 お客さんの立場に立って考えると、他社にない魅力がどこにあるのかということに尽きます。それが価格だけだったら、一時は売れても、もっと安い会社が出てきてだめになる。使いこなせば必ずもうかるという魅力を提案して、それを認めてもらうことですね。