プーチン大統領とテロ
同書は犯罪組織との深いつながりに加えて、さらに憂慮すべき指摘をしている。ベルトン氏によれば、プーチン氏はドレスデンで働いていたとき、武器を含む支援をドイツ赤軍に提供するためのKGBの作戦に直接関与した。
情報はドイツ赤軍の元メンバーから入手した。ドイツ赤軍は極左のテロリスト集団だった。この集団は資本主義を破壊すべく、1970~80年代に欧州で複数の暗殺と、企業や庁舎に対する爆弾攻撃を実行した。ドイツ赤軍は合計で34人を殺害した。
またベルトン氏は、プーチン氏と元KGBの同僚が、ロシア国内でもテロ事件を組織した可能性があることを示唆する。最初に紹介するのは、1999年9月に起きた一連のテロ事件だ。350人以上が犠牲になった。これに、ロシアの諜報機関が関わっていたという。
このテロ事件が起こる1カ月前に、プーチン氏はロシアの首相に任命されている。ロシア政府は彼の指導の下、このテロ事件の直後にイスラム過激派を非難したが、実際にはロシアの諜報機関がプーチン氏の支持率を高めるために攻撃を実施したといわれている。プーチン首相がテロ事件に対し強力な軍事力をもって対応せよと命じた後、同氏の支持率は8月の31%から11月の75%に急上昇した。
またベルトン氏は、モスクワ劇場占拠事件について同様の主張をしている。2002年10月、ロシア南部のチェチェン共和国のテロリストがモスクワ劇場で観客全員を人質に取った。ベルトン氏は、劇場への攻撃を指導したテロリストの1人が事件の2カ月前、ロシアの諜報機関によって逮捕されていたと指摘する。逮捕後すぐに釈放され、このテロ事件を引き起こしたということだ。さらにベルトン氏は、テロリストが持っていた爆弾が偽物であったことを示す証拠を紹介している。
ベルトン氏の記述によれば、「それは単なる偽の作戦として意図されていた」のだ。目的は、プーチン大統領が人質救助を成功させることで彼の権威をさらに高めることだった。
しかし、ロシアの治安機関による救助活動はおそまつだった。当局は、人質を解放するための攻撃を開始する直前に、麻酔ガスを劇場に送り込むことにした。人質とテロリストの両方を意識不明にする意図だったが、ガスの濃度を強くし過ぎてしまい、170人以上の人質などを殺害してしまった。
ベルトン氏は、1999年の一連の爆撃と2002年のモスクワ劇場占拠事件の両方で、前述のニコライ・パトルシェフ氏が主要な役割を果たしたと主張している。パトルシェフ氏は当時、KGBの後継組織であるFSB(ロシア連邦保安局)の長官だった。
主張を信じるべきか
ベルトン氏の主張は非常に衝撃的であるため、読者は情報が正しいかどうか疑うかもしれない。しかし、著者の要点は他の信頼できる本やリポートによって裏付けられている。
例えば、カレン・ダウィシャ(Karen Dawisha)氏は、2014年に出版された「Putin’s Kleptocracy」という本で、プーチン氏と犯罪組織の関係について同様の主張をしている。さらに、2010年に、ロシア政府と犯罪組織との関係に関する米国務省の報告書は、プーチン氏のロシアを「事実上のマフィア国」と記述した。この秘密の報告書は、ウィキリークスによって公にされた。
プーチン氏の個人的な富に関するベルトン氏の主張も、いわゆる「パナマ文書」によって裏付けられている。これらの文書は2016年にモサック・フォンセカというパナマの法律事務所から流出した。この「パナマ文書」は、プーチン氏の親友であるセルゲイ・ロルドゥーギン氏が、オフショア口座に1億ドル以上保有していたことを示している。NGOのOrganized Crime and Corruption Reporting Project(組織犯罪と汚職報道プロジェクト)によると、そのお金は実際にはプーチン氏に帰属し、ロルドゥーギン氏は「秘密の管理人」の役割を果たしている。
また、ベルトン氏は、ロシア諜報機関自体が1999年9月のテロ攻撃を実行したと主張した最初の人物ではない。元ロシアのスパイ、アレクサンドル・リトビネンコ(Alexander Litvinenko) 氏は、2002年に出版した本の中で同様の主張をしている。その後リトビネンコ氏は2006年、ロンドンにおいて放射性物質で暗殺された。英国政府の公式報告書は、「リトビネンコ氏を殺害する作戦は、おそらくパトルシェフ氏とプーチン大統領によって承認された可能性が高い」と結論づけている。
最後に、最近のナワリヌイ事件で、プーチン政権が政敵を殺害する意欲が確認された。2020年8月20日に、ロシア反体制派のアレクセイ・ナワリヌイ(Aleksei Navalny) 氏がノビチョクと呼ばれる神経剤で毒殺されかかった。昏睡(こんすい)状態に陥ったが、ドイツの病院に移送されたおかげで生き残った。ベリングキャットという英調査報道機関は12月14日、ロシアの諜報機関で働いている化学兵器の専門家数人の名前を投稿した。ベリングキャットは、これらの諜報員がナワリヌイ氏の暗殺を図ったと主張している。
さらに、この調査結果が公表される前、名指しされた専門家の1人であるコンスタンティン・クドリャフツェフ(Konstantin Kudryavtsev)氏に、パトルシェフ氏の補佐官を装って電話した。クドリャフツェフ氏は49分間にわたる電話のなかで、同氏とロシアの諜報機関の同僚がナワリヌイ氏の暗殺未遂に責任があることを認め、作戦の準備とその後のカバーアップについて詳細に説明した。
この原稿では、ベルトン氏の著書を主たる出展としているが、これが唯一のソースではない。ベルトン氏の記述は、プーチン政権のありように関する既存の証拠に追加された1つにすぎない。
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