破壊されたオリガルヒの中で最も有名なのはミハイル・ホドルコフスキー(Mikhail Khodorkovsky)氏だ。ベルトン氏が説明するように、ホドルコフスキー氏は2000年代初頭にロシアで最も裕福な人物だった。しかし、プーチン大統領の政治的ライバルに財政的に支援したのを疎まれて、2003年に逮捕され、10年間投獄された。さらに逮捕後、ホドルコフスキー氏が経営していた石油大手ユコスはロシア政府に没収され、2004年に国営石油会社ロスネフチに低価格で売却された。ホドルコフスキー氏の入獄は、プーチン氏に十分な忠誠を示さなかった場合に何が起こるかを他の実力者に警告することになった。

プーチン時代の新しいオリガルヒ

 エリツィン時代のエリートを破滅させると同時に、プーチン大統領は彼自身の取り巻きを、政治および経済の主要ポストに任命した。この取り巻きの大半はKGB出身者であるか、1990年代にサンクトペテルブルクの市政でプーチン氏と共に働いた者であった。

 重要人物の1人はイーゴリ・セチン (Igor Sechin)氏である。KGB出身のセチン氏は、プーチン氏がサンクトペテルブルクの副市長を務めていたとき、彼の参謀長として働いていた。さらに、ベルトン氏によれば、国営石油会社ロスネフチの会長であるセチン氏は、ホドルコフスキー氏の逮捕と投獄の手配において主導的な役割を果たし、ロスネフチに大きな利益をもたらした。

 ベルトン氏の著書に登場するもう1人の著名な人物はニコライ・パトルシェフ(Nikolai Patrushev)氏である。パトルシェフ氏もKGBとサンクトペテルブルクの出身で、2008年からロシアの安全保障会議の書記を務めている。

 プーチン氏と他の取り巻きたちが国を乗っ取った後、彼らはロシアの国有資産を彼ら自身の懐に移す作業に集中した。その結果、数人はビリオネアになった。ベルトン氏は、これにはプーチン大統領自身も含まれると指摘する。プーチン大統領が個人的に所有する富は、オリガルヒの一人であるゲンナジー・ティムチェンコ(Gennady Timchenko)氏やプーチン大統領の親友といわれるセルゲイ・ロルドゥーギン(Sergei Roldugin)氏など信頼できる取り巻きによって管理されている。

 また、ベルトン氏は、プーチン大統領が黒海の海岸に彼自身の宮殿をひそかかに建設したと主張している。この4000平方メートルのイタリア風の宮殿には、複数のプールや3つのヘリポート、マリーナがあるといわれている。建設費には約10億ドルがかかったらしい。

海外でプーチン・シンパを育てる

 ベルトン氏は著書の最後で、プーチンが率いる新しいエリートたちがロシアから奪ったお金を使ってどのように外国の政治に影響を与えたかを説明する。彼らの目的は、海外の悪徳政治家で構成するネットワークを作ることにあるといわれている。これら外国の政治家たちはロシアの「ブラックキャッシュ」を受け取り、その見返りに、プーチン政権の目的を支援すべく自国で働く。

 ベルトン氏は、ロシアが外国でどのように影響力を得たかについてさらなる詳細を書き進める。英国の事例はその1つだ。2000年代の英国においてロシアのオリガルヒの影響力がいかに高かったかを強調するのに、同氏は英国の首都を「ロンドングラード」と呼ぶ。「グラード」はロシア語で「都市」という意味だ。

 さらに興味深いのは、ドナルド・トランプ米大統領とロシアとのお金をめぐる関係である。同書は、トランプ氏が旧ソ連のビジネスパーソンたちと30年にわたって緊密な関係を築いてきたと説明する。ベルトン氏によれば、フェリックス・サター(Felix Sater)氏を含むこれらのビジネスパーソンの何人かは、ロシアの犯罪組織に関係している。1990年代、トランプ氏が不動産業で多額の借金を抱えていたとき、彼らはトランプ氏に大きな財政支援を与えた。さらにベルトン氏は、ロシアの犯罪組織の構成員が、トランプ氏が経営する会社を資金洗浄に使用したと主張する。

 また、トランプ氏を財政的に支援した犯罪組織たちは、ロシアの諜報機関と緊密な関係があるといわれる。実際、ベルトン氏の著書全体を通して最も印象的な記述の1つは、ロシアの諜報機関と犯罪組織間の緊密で長期にわたる協力である。

犯罪組織と協力して麻薬取引のインフラづくり

 同書によると、プーチン大統領と犯罪組織との関係は、同氏が1980年代に旧東ドイツのドレスデンでKGB諜報員として働いていたときに遡る。当時、プーチン氏は「プラトフ」と「アダモフ」というコード名を使い、NATO(北大西洋条約機構)に関する秘密情報を収集していた。加えて、欧米の技術を盗み、社会主義陣営に密輸する工作にも関与した。この密輸を実現するために、KGBと東ドイツの諜報機関であるStasi(シュタージ)は犯罪組織と協力したといわれている。

 1990年代、プーチン氏がサンクトペテルブルクの市政で働いていた間、プーチン氏と犯罪組織の関係はさらに緊密になったようだ。ベルトン氏によれば、副市長になったプーチン氏は、タンボフグループと呼ばれる悪名高い犯罪組織と協力していた。彼らは協力して、サンクトペテルブルクの港を、コロンビアからの麻薬輸入を取り仕切る重要なハブに変えたらしい。その後、麻薬は西欧に輸出され、タンボフグループとプーチン氏や彼の取り巻きたちとの双方に膨大なお金が流れたといわれている。

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