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 スイス型は煩雑です。各種の貿易ルールがパッケージになっておらず、2国間協定の数が100本に及びます。

 このため、改定するたびに個別に交渉が必要になる。案件によってはスイスで国民投票が必要になるため手間もかかる。なので、EUは今、この状況を改めるようスイスに申し入れているところです。

英国が離脱した後、EUとの現在の貿易関係を維持できる移行期間は2020年末までしかありません。新たにFTAを締結するには「時間が足りない」という指摘が多くあります。

庄司:そうですね。EUが他の国・地域と結んだFTAを振り返ると、その交渉期間は平均4年です。しかし、物品の貿易だけなら2020年末までに間に合うかもしれません。欧州議会の批准を得るだけで済むからです。他の分野は交渉が複雑で、加盟国それぞれが批准する必要が出てくる場合もあります。さらに、分野によっては、地方政府の承認を必要とする場合があります。先ほどお話ししたCETAは、ベルギー・ワロン地域政府が反対し、署名が難航しました。

 英国とEUとの貿易関係において最も大きな要素は物品の貿易です。よって、この部分が移行期間中に合意できるならば、他の分野の交渉が多少延びても大きな害は生じないでしょう。

 物品貿易の交渉で課題となるのは同一競争条件(a level playing field)です。環境、労働、補助金における規制のレベルを合わせることで競争条件を同じにするようEUは英国に求めています。例えば、EUを離脱した英国が環境に関する規制を一方的に緩和して低価格の製品を作り、それをEUに輸出するようになっては困るわけです。

 ただし、英国は政治宣言において、同一競争条件の要請を受け入れると表明しています。なので、細部における交渉はあるものの、本質的な争いが生じることはないと思います。もちろん一筋縄ではいかないでしょうが。

英国がEU離脱に向かった理由の1つに、「主権を取り戻す」という主張があります。規制のレベルについてEUに干渉されるのは英国の本意ではないのでは。

庄司:その点については問題ないと思います。英国が英国の判断で、規制のレベルをEUに合わせるのですから。英国が不満を抱いているのは、EUが決めたルールを適用されることです。

米国などとのFTAはどうなりますか。

庄司:容易には進まないでしょう。

 ジョンソン首相はデジタルサービス税を導入する意向を示しました。フランスが、米国のGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)などを対象にデジタルサービス収入の3%を徴税する措置を7月に導入しています。これと同様のものです。

 ドナルド・トランプ米大統領はフランスの措置を批判しており、ジョンソン首相がこれにこだわれば、米英FTAの交渉にネガティブな影響を与える可能性があります。ただし、ジョンソン首相がデジタルサービス税に言及したのは、米国のプードル(編集部注:言いなり)に見られないための選挙戦術との見方もあります。どこまで本気なのかは不明です。

 英国の対外貿易関係を考える際により本質的な条件はその規模です。人口6600万人、GDP2兆ポンド(2018年。現在の為替換算で290兆円)の国が、米国や中国と対等な条件でFTAを結ぶことができるでしょうか。EUにせよ、ASEAN(東南アジア諸国連合)にせよ、複数の国が集まりある程度の規模を備えることで、交渉力を高めています。英国のEU離脱はこれに逆行するものです。

 保守党の離脱強硬派は「英国はテムズ川のシンガポールを目指す」と主張しています。貿易立国を考えているわけですね。これを実現するには規制を引き下げる必要が出てくるでしょう。将来的に問題のタネになる可能性があります。

 ただし、TPP(環太平洋経済経済連携協定)11に参加する可能性はあるのではないでしょうか。既に加盟している国々はさらなる規模の拡大を歓迎するでしょう。オーストラリアやニュージーランドはともに英連邦に属する国ですし。