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 他方、米国のトランプ政権がEUに対して自動車などを対象に制裁関税をかけることがあっても、「英領北アイルランドは英国の関税領域に属する」と主張し、これを逃れることができる可能性もあります。

 こうした利点に気づいた外国の製造業がこの地に拠点を移す可能性があります。英領北アイルランドは十分な電力の供給力があり、人件費も安い。よって投資が増えるかもしれません。

 見ようによっては、英領北アイルランドは漁夫の利を得たと言うことができるでしょう。

 注意を要するかもしれないのは、この措置を見直す時ですね。英領北アイルランドの議会が定期的に見直しをし、決定できることになっています。この見直し時に、同地域を拠点とする民主統一党(DUP)が反対するかもしれません。同党は英領北アイルランドに暮らすプロテスタントを地盤としており、同地域と英本土との一体性を重視しています。現実には、その可能性はあまり高くはないと思いますが。DUPは今回の選挙で2議席を減らし、8議席にとどまりました。

 ちなみに、英本土から英領北アイルランドに物品を運んだ時に徴収するEU関税は誰の懐に入るか分かりますか。

え、考えたことがありませんでした。英国からEU単一市場に向けての輸出品。EUから見れば、域外からの輸入品にかける輸入関税ですから、EUの税収になるのでは。

庄司:それが違うのです。英国政府の収入になります。北アイルランド議定書に「EUには納付されない」と書いてあります。

FTA交渉の壁は同一競争条件

新離脱協定案を英議会が可決すると、次の焦点は英EU間の貿易の在り方などを定めるFTA(自由貿易協定)になりますね。ジョンソン首相は「カナダ+(プラス)」を主張しています。これはどのようなものですか。

庄司:EUとカナダが結んでいるFTAをベースにし、カナダよりも有利な条件を勝ち取りたいということです。

 EUカナダのFTAである「EUカナダ包括的経済貿易協定(CETA)」は、物品に関しては、ほとんどの品目をカバーしており、関税率は0%です。サービスについては、ほとんどをカバーしています。ただし、市場アクセスはWTO(世界貿易機関)ルールが定めるレベルを上回るものの、EU単一市場には遠く及びません。人の移動は、限定的です。

 「+」部分は、原産地比率のパーセンテージをどうするか、税関でのチェック項目をどうするか、といったテクニカルな部分の交渉になると思います。サービス貿易や投資については、EUが締結した既存FTAにどの程度上乗せできるかが焦点です。

EUとの関係については、カナダ型に加えて、ノルウェー型やスイス型がありますね。これらが俎上(そじょう)に乗ることはありますか。

庄司:それはないでしょう。ノルウェー型はEU単一市場へのアクセスを確保できるものの、EUのルール作りには参加できません。英国が最も嫌う形になるので、これはあり得ません。