全6383文字

 離脱には賛成するものの、「合意なき離脱も辞さない」というジョンソン首相の方針に造反した穏健派議員らは9月に除名されてしまいました。彼らは、「合意なき離脱」への動きを止めるべく、これを阻止する法案に賛成したり、解散・総選挙に反対したりした議員らです。メイ氏の下で財務相を務めたフィリップ・ハモンド議員はその中心人物の一人。同氏は今回の選挙には立候補しませんでした。

 彼らの一部は保守党に復党しましたが、復党する際に党に忠誠を誓っています。立候補するに当たっても、新離脱協定案の審議・採決で造反しないことを約束しました。

 党内に残留派が残っているとしても反対意見は主張しづらいでしょう。「離脱」を掲げて戦った選挙で圧勝したわけですから。

財政出動、医療制度改革――労働党の政策を先取り

もう1つの勝因は何ですか。

庄司:政策において労働党のお株を奪ったことです。保守党政権はリーマン・ショック以来、緊縮財政を行ってきました。ジョンソン首相はこれを転換し、財政支出を拡大する方針を打ち出した。対象は教育、医療、警察です。これが低所得層の有権者の心に響きました。

 医療に関してはNHS(国民保険サービス)を改革すると公約しています。同制度は税金で運営されており、原則として無料で医療サービスを受けられるもの。しかし、待ち時間が長いなど質の面で国民の不満が高まっていました。ジョンソン首相は医療従事者を増やすなどして質を高める意向です。

 これらの財政支出を賄うため、ジョンソン首相は来年4月に予定していた法人税の引き下げを取りやめました。

まさに、大きな政府志向の労働党のお株を奪っていますね。今回の選挙はEUからの離脱にばかりスポットが当たりましたが、保守党はこうした日々の生活にかかわる部分にも目を配っていたのですね。

庄司:そうですね。労働党はお株を奪われた上に、鉄道、水道、発電、郵便の国有化といった急進的な主張が嫌気されました。

事実上の経済特区になる英領北アイルランド

新離脱協定案が可決されると、2020年1月末までに離脱が実現することになります。そうなると注目されるのは、英領北アイルランドがどうなるかですね。新離脱協定によって同地域は、EUの関税同盟と、物品貿易におけるEU単一市場に実質的に残ることになります。ただし、法的には、英領北アイルランドは英国の関税領域に属します。アイルランド共和国との国境で検問を実施しなくてすむようにする措置です。

 これは、英領北アイルランドにおいてプロテスタント系とカトリック系の住民紛争が再燃するのを避けるための措置ですね。1998年にまとめられた「ベルファスト合意(聖金曜日合意)」を維持する。税関手続きなどのために目に見える国境を設ければ、過激派テロの標的となって、紛争が再発しかねません。

 ただし、この措置により、関税の手続きが複雑になります。例えば、次のような具合です。英本土から、英領北アイルランドを経由してEU加盟国であるアイルランド共和国に物品を輸出する場合、英領北アイルランドで陸揚げする際に、EU関税を徴収する。この物品がアイルランド共和国に至らず、英領北アイルランドで消費される場合は、徴収した税を業者に払い戻す。

庄司:そうですね。ただし、この措置は一方で、英領北アイルランドを実質的な経済特区にするものです。英領北アイルランドに立地する工場で生産した物品を、アイルランド共和国を経由することで、検問を通ることなく、かつ関税を徴収されることなく、EUに輸出できるわけですから。EUの規制・ルールに従うので非関税障壁もありません。