ムーアズタウンにあるロッキード・マーチンの事業所では2018年8月に、LRDRの試作機を用いた人工衛星の追尾試験を実施した。その後も、航空機をはじめとするさまざまな目標を、実際に追尾する試験を実施している。

 クリアー空軍施設に設置するLRDRは2面のアンテナで構成する。すでに2面とも設置が完了している。2021会計年度(2020年10月~2021年9月)に、シミュレーションによる検証試験や実際に標的を飛ばして行う試験を計画している。米空軍への引き渡しは、新型コロナウイルスの感染拡大に起因する工事開始の遅れが原因で、2022~2023会計年度に延びるようだ。

 当初の予定よりも遅れてはいるが、LRDRは米国政府から「実運用環境におけるシステムとしての技術成立性を確認できている」との認証(技術成熟度レベル7)を得ている。ただしGAOはLRDRについて「計画に進展が見られるが、不具合が発生したときのスケジュールの余裕に乏しい」との指摘をしている。

 日本のイージス・アショアに搭載するため防衛省が採用を決めたSPY-7レーダーは、このLRDRと同じ送受信モジュールを使う。ただしLRDRがアンテナ1面あたり3000のモジュールを使用するのに対して、SPY-7レーダーは1面あたり数百にとどまるようだ。ロッキード・マーチンは2019年11月に、防衛省からアンテナ・セット2基を受注したことを明らかにした。まだ受注から1年しか経過していないから、レーダーの現物は姿を見せていない。

SPY-7とLRDRに共通して使用する送受信モジュールの模型(撮影:井上孝司)
SPY-7とLRDRに共通して使用する送受信モジュールの模型(撮影:井上孝司)

SPY-7とLRDRを同一視してよいか?

 ここまで述べてきた経緯でお分かりのように、日本がイージス・アショア用レーダーを決定した2018年7月の時点で、SPY-6とLRDRはいずれも、試験を実施できる段階の現物が存在したことになる。

 ただし、アラスカに設置するLRDRと日本のイージス・アショアが使用するSPY-7では、SPY-7の方が使用する送受信モジュールが少ない。すると、LRDRとSPY-7の共通性がいかほどで、LRDRの熟成がどこまでSPY-7に反映できるかが問題になる。

 使用する送受信モジュールはLRDRもSPY-7も同じだから、LRDRで問題がなければ、SPY-7でも問題はないだろう。「SPY-7に使用する送受信モジュールはLRDRと比べてダウングレードされている」との話が一部で出回っているが、これは事実とは異なる。

 当節のデジタル化したレーダーはたいてい、中核となる送受信モジュール数を増やしたり減らしたりしてファミリー(派生型)製品を生み出している。制御用のソフトは共用する。こうする方が、ファミリー製品を個別に開発するよりも工数とリスクと経費を抑えられるからだ。

  だから、理屈の上ではLRDRの派生型であるSPY-7も同レベルの熟成を期待できるはずであり、ロッキード・マーチンもそう言っている。ただし、SPY-7の現物ができたら、確認のための試験は別途実施する必要がある。ロッキード・マーチンは「入念な試験を実施した上で日本側に引き渡す」としている。

 なお、SPY-7はスペインとカナダが艦載用の対空捜索レーダーとして採用を決めている。これらは、日本向けイージス・アショアで使用するものよりもさらに送受信モジュールの数を減らしているが、基本的には同じ製品である。このことから、「SPY-7は弾道ミサイルの探知しか考えていないレーダーである」という指摘は当たらないことが分かる。つまり、巡航ミサイルや有人・無人機、ロケット弾なども対象にしている。

SPY-6とSPY-7の進捗に言うほどの差があるのか?

 「SPY-6が完成品であるのに対して、SPY-7は未完成品」というイメージが流布されているように感じられる。しかし、SPY-6も、イージス戦闘システムと組み合わせた状態での試験は「まだこれから」である。加えて、駆逐艦「ジャック・ルーカス」に搭載してのテストが完了しても、日本の新たな護衛艦に搭載する際には改めてテストする必要がある。

 とはいうものの、SPY-7の現物がまだ姿を見せていないのは事実であり、これがSPY-7に対するネガティブな評価に影響しているのは否めない。さしあたっての問題は、LRDRをクリアー空軍施設で稼働させて実施する各種の試験が、スムーズに終わるかどうかだ。

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