タイミングも悪かったですね。G20首脳会議を終えた6月29日、安倍晋三首相が「自由貿易の基本的原則を明確に確認できた」と強調しました。

青井:おっしゃるとおりです。韓国が不適切な行為をしている可能性は長く懸念されていました。ならば輸出管理の厳格化は、徴用工問題をめぐって日韓が対立しているこの時期、もしくは安倍首相が自由貿易の意義を強調したこのタイミングでなくてもよかったのではないでしょうか。ともすれば、自由貿易をはじめとする自由主義的な世界秩序を支えていくのだという日本の立場と相反するイメージに結びついてしまいます。

日本がうまく情報発信できない原因はどこにあるのでしょう。

青井:政策とコミュニケーションとイメージ作りは一体のものです。政策をまとめる過程でコミュニケーションの仕方も同時に考えるべき。それができていませんでした。輸出管理の厳格化は、日本がこれまで取ったことのない非常に強い措置です。安全保障上の懸念を理由に厳格化するのはWTOの例外規定の下で正当化し得る行為ですが、あくまでも例外として認められているもの。例外的に強い措置を取るのだから、その分、コミュニケーションにも留意すべきでした。

 具体的には、どのような情報を、誰に対し、どのように出すのか--これが詰められていなかったと思います。

英国は元スパイ毒殺未遂事件に迅速に対応

戦略的コミュニケーションをうまくやっているのはどの国でしょう。

青井:戦略的コミュニケーションはどの国にとっても難しいものなのです。その中で、英国がこの分野では際立って進んだ政策と制度を取っています。

 特に、2018年3月に起こった元スパイ暗殺未遂事件で、その能力が試され、この件を通じて、英国はその戦略的コミュニケーションの質の高さを世界に示しました。

ノビチョク事件とは、2018年3月にイングランド南部ウィルトシャー県の中心都市ソールズベリーで起こった事件ですね。ロシアの元スパイとその娘が、「ノビチョク」と呼ばれる神経剤で意識不明に陥りました。その後、英国の民間人の女性が香水瓶に入れられ捨てられていた同じ神経剤に触れて、亡くなる事態が生じました。

青井:はい、英国市民の命が失われる深刻な事態に発展しました。本件ではロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の関与が当初より疑われ、英国、米国、欧州連合(EU)はこれを受けてロシアに対して制裁措置を取っています。諜報(ちょうほう)活動において非常に重要な役割を果たしていると特定された外交官の追放、攻撃に実際に関与したGRU職員に対する渡航禁止、資産凍結などの措置です。

 これに対し、ロシアは一貫して関与を否定するとともに、英国が「偽」と判断する情報を47もソーシャルメディアなどに流しました。「ノビチョクによる攻撃は他国が行った。例えばウクライナの仕業である」。あるいは、「もしGRUが関与していたならもっとうまく作戦を実施しただろう」。つまり、ロシアなら元スパイを確実に殺害していただろうといった内容です。

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