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東京大学の青井千由紀教授は、日本政府が戦略的コミュニケーションの分野で能力を十分に発揮できていないと憂慮する。最近では、韓国に対する輸出管理の厳格化の例に見るように、重要な政策の意図を正確に伝えきれておらず、誤解を生じさせているからだ。英国はこの分野で優れた取り組みをしているという。

(聞き手 森 永輔)

元スパイ暗殺未遂事件をめぐり国連でも各国の応酬が続いた(写真:ロイター/アフロ)

青井さんは、日本政府が戦略的コミュニケーションの分野で能力を十分に発揮できていないと憂慮されています。外交政策の意図を正確に伝える、もしくは有利に進めるためのコミュニケーションに課題がある、と。どんなところでそれを感じるのですか。

青井:直近では、韓国向け輸出に対する管理を厳格化すると発表した時でしょうか。

青井千由紀(あおい・ちゆき)
東京大学公共政策大学院教授。マサチューセッツ工科大学で国際政治学修士号、コロンビア大学で国際政治学博士号(Ph.D.)を取得。専門は国際安全保障・戦争学。国連大学学術研究官、青山学院大学国際政治経済学部教授を経て現職。2018年、「安全保障と防衛力に関する懇談会」メンバー。2008~9年、ロンドン大学キングスカレッジ戦争学部にて客員研究員、現在客員教授。主要論文をDefence Strategic Communications、Pacific Review、 RUSI Journal、Journal of International Peacekeeping、「レヴァイアサン」、「国際問題」、「軍事史学」などに発表。政府•国際機関委託研究多数。(写真:加藤康、以下同)

フッ化水素など半導体や有機ELの製造に使用する3製品が対象。これらを包括輸出許可制度からはずし、輸出案件を個別に審査することを決めました。

青井:このような措置が取られた背景には相応の事情があるのでしょうが、この時の政府の対応は戦略的コミュニケーションの観点から好ましいものではありませんでした。韓国だけでなく、私がコンタクトを取っている内外の専門家の多くも「日本が取った措置は徴用工問題に対する措置だ」と捉えています。日本の主要マスコミもそのように報道しておりました。政府は、日韓両国の信頼関係が損なわれたことをこの措置の主な背景として説明していますが、世耕弘成経済産業相(当時、以下同)は当初、この原因の一つとして徴用工問題に触れられました。

世耕大臣はツイッターで7月3日、経緯③として「旧朝鮮半島出身労働者問題については、G20までに満足する解決策が示されず、関係省庁で相談した結果、信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない」と説明しています。

青井:そうですね。ですから、今回の措置は「安全保障を目的に輸出管理を適切に実施する」ものであるという主張の説得力が減ってしまっています。特に、管理厳格化の対象となった韓国や、諸外国を納得させることができていないのです。

 また、海外の専門家の間では「韓国に対する措置緩和を2004年に実施した後、今になって規制を厳格化するのはいかがなものか」との認識もあります。だとしたら今回対象にした3製品について輸出管理をめぐり不適切な事案が発生しているという主張に説得力を持たせるための措置も本来考えるべきです。例えばエビデンスを出せるのか、という問題も含めて考えなければなりません。外交上の影響が大きい政策決定ですから、余計に周到な説明が求められます。

 韓国がこの件をめぐり、WTO(世界貿易機関)の紛争解決手続きにのっとり2国間協議を正式に要請しました。もし提訴に至った場合、韓国側の管理が不十分であるという「事実を日本が提示することがカギとなる」という見方が一般的です。