ドイツでICUのキャパシティー不足が現実味を帯びてきた(写真:ロイター/アフロ)
ドイツは今年春のパンデミック第1波において、人口10万人当たりの死者数を他の欧州諸国に比べて少なく抑えることに成功した。だが同国でも10月下旬以降、新規感染者数が急増している。政府が運営する感染症研究機関のロベルト・コッホ研究所(RKI)は、11月22日付の報告書の中で、「過去24時間に1万5741人の新規感染者が確認された」と伝えた。11月中旬には、1日当たりの新規感染者数が2万人を超える日もあった。日本で確認される1日当たりの新規感染者数の約10倍だ。
医療崩壊の危機が迫る
RKIは「直近1週間の人口10万人当たりの新規感染者を50人以下に抑えないと、感染経路を把握できなくなる」との見解をとっている。22日にはこの数が141人に達した。あまりにも新規感染者の数が多いために、保健所はほとんどの感染経路が特定できなくなっている。
このためメルケル政権は、11月2日から約1カ月にわたり、学校や商店を除く部分的ロックダウンを実施し、市民が他人と接触する回数を75%減らそうとしている。政府はレストラン、バー、喫茶店、劇場、映画館に閉鎖を命じた他、国内での観光旅行も禁じた。だが現在のところ接触回数の減少率は40%にとどまっている。このためメルケル首相は11月25日に16の州政府の首相たちとオンライン会議を開き、部分的ロックダウンをクリスマスの直前まで続けることを含む感染拡大防止措置の強化に踏み切る方針だ。
特に懸念されるのが、ICUの数だ。ドイツ集中治療・救急治療医学会(DIVI)によると、ドイツの病院のICUに設置されている2万1294人分のベッドのうち76%が11月22日の時点で埋まっている。空いているベッドは24%(6649床)しか残っていない。
2132人が、重い肺炎のために自力で呼吸することができなくなっており、麻酔によって眠らされ、人工呼吸器や人口肺に接続することでかろうじて生き長らえている。人工呼吸器を使っている重症者の数は、11月22日までの24時間に34%増えた。ICUで働くための専門知識を持った看護師の不足は、大きな悩みの種となっている。
独医学界「年齢や社会的な地位ではなく回復する見込み」で判断
こうした中、あるドイツ人女性が連邦憲法裁判所に訴状を提出した。筋肉の機能が衰える難病に悩むナンシー・ポーザー氏(40歳)だ。同氏は「このまま新型コロナウイルス感染者の数が増え続けた場合、私のように重い持病を抱えている市民や高齢者をICUは受け入れない可能性がある。医療資源が逼迫したときに、医師が『誰をICUに受け入れ、誰を受け入れないか』を決めるトリアージの基準を法制化すべきだ」と主張する。
ドイツのトリアージ基準は、DIVIなど複数の医学団体が今年3月25日に発表した「指針」に明記されている。13ページからなるこの文書には「COVID-19パンデミックに関連する、救急・集中治療キャパシティーの配分の決定についての臨床的・倫理的提言」というタイトルが付けられている。
DIVIなどがこの指針を発表したのは、今年3~4月のパンデミック第1波の際に、フランスやイタリア、スペインの一部の病院で重症者数が急増して、高齢者や基礎疾患のある重症者がICUに受け入れられず死亡する事態が起きたためだ。医師たちはトリアージに関する明確な指針や規則がないまま、現場で苦しい判断を迫られた。中には「患者の命を選別する作業を余儀なくされてトラウマとなった」と言う医師もいる。
ドイツの医学団体は、ぎりぎりの判断の責任を第一線の医師たちだけに負わせるのを避けるため、この統一指針を発表した。
DIVIはこの文書の中で「イタリアで起きた事態は、ドイツでも発生する可能性がある。全ての患者をICUに収容できない場合には、大災害時のトリアージの方法を取る。それによって、限られたリソースを配分する。その際に、どの患者をICUに入れるかの優先順位を、年齢や社会的な地位だけで決めてはならない。治療を施すことで回復する見込みがあるかどうかによって、決めるべきだ」と指摘する。
つまりドイツの医学界は、ICUへの収容について優先順位をつける基準として、肺機能の低下、臓器不全、敗血症、免疫不全など、客観的な尺度を用いるよう求めている。例えば「75歳以上の患者はどうせ助からないのだから、ICUに受け入れない」とか「外国人はICUに入れない」という線引きの仕方は禁じられる。さらにDIVIは「ある人の生命と、別の人の生命をはかりにかけて、どちらに価値があるかを比較することは、憲法によって禁じられている」とくぎを刺す。
そして患者をICUに入れるかどうかの決定は、集中医療の経験が豊富な医師が少なくとも2人と、最低1人の看護師とで共同で行うよう求めている。つまり野戦病院のような状況下でも、現場の医師が単独で決定を下すことは許されない。なぜその患者をICUに収容したか、もしくはしなかったかについて、客観的な理由づけを行わなくてはならない。
助かる可能性が高い重症者が病院に担ぎ込まれたときに、現在ICUで治療を受けている高齢の重症者をICUから普通の病室に移すかどうかという判断も同様だ。
生命科学や医学に関するドイツ政府の諮問機関「ドイツ倫理評議会」も、3月27日に「コロナ危機における連帯と責任」という提言書を公表した。
同評議会は2007年に設置された学際的な機関で、医学者、神学者、哲学者、法学者、経済学者など26人の学識経験者が、政府や連邦議会に対して提言する。扱うテーマは遺伝子診断、臓器移植、脳死、認知症、近親相姦など生命科学や医学倫理に関わる問題だ。同評議会も提言書の中でDIVIによる指針に言及し、その内容を追認している。
だが、医学界の指針だけでは不十分だという声もある。
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