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 それでも多くの旧東ドイツ人がAfDに票を投じるのは、戦後ドイツのタブーを破る政党を支持することによって、現体制への不満を表現するためだ。つまり有権者にとって、AfDが抗議政党であることが重要なのであり、指導者が東の出身であるかどうかは二の次なのだ。いわんや多くの支援者たちは、AfD党員の一部が「ネオナチに近い思想を抱いている」として連邦憲法擁護庁に監視されていることも、気にしていない。ちなみに同庁は、連邦内務省傘下の情報機関で、国内で活動するテロリストやスパイなどの過激勢力の監視を任務としている。

極右の暴力が東を中心にエスカレート

 もう1つ統一後のドイツに暗い影を落としているのが、極右による暴力事件やヘイトクライムの増加だ。その傾向は特に旧東ドイツで顕著だ。

 1990年以降に極右の暴力が増えた背景には、東西間の移動が以前よりも容易になったため、ルーマニアやブルガリアなど東欧からの亡命申請者が増えたという事実がある。極右勢力は亡命申請者の増加を理由に、排外的なムードをあおり立てた。

 社会主義時代の東ドイツにも極右勢力がいたが、国家保安省(シュタージ)の取り締まりが厳しかったため、暴力事件は少なかった。だが1990年に社会主義政権とシュタージが消滅し、警察力が一時的に弱まったため、それまで抑えられていた過激なナショナリズムが解き放たれた。

 統一後に、外国人を狙った極右の暴力が最初にエスカレートしたのは、旧東ドイツだった。1991年にザクセン州のホイエルスヴェルダで、約500人の極右勢力がベトナムやモザンビークからの出稼ぎ労働者が住んでいた宿舎を取り囲み、投石した。1992年にはメクレンブルク・フォアポンメルン州ロストクで、亡命申請者の登録施設をネオナチが襲撃し、放火した。近くに住んでいた市民は、ネオナチが火炎瓶を建物に投げ込むと、拍手喝采した。

 2011年には、旧東ドイツの極右勢力による連続テロ事件が明るみに出た。チューリンゲン州を地盤とする「国家社会主義地下組織(NSU)」というグループが、ミュンヘンやハンブルクなどでトルコ人、ギリシャ人、ドイツ人警察官など10人を2000年からの7年間に殺害していたことが判明した。3人の旧東ドイツ人は、銀行強盗や外国人を狙った爆弾テロも繰り返し、被害者を揶揄(やゆ)するDVDも制作していた。

 極右による暴力犯罪の件数は2015年の難民危機以降、再び増える傾向にある。連邦内務省によると、外国人を狙った極右の犯罪(暴力だけではなく誹謗=ひぼう=中傷なども含む)は、2014~16年に129%増加した。そのうち暴力犯罪は、133%増えている。外国人に対するインターネット上の誹謗中傷などのヘイトクライムも、2014年からの1年間で176%増えた。

反ユダヤ主義の再燃

 特に気になるのは、旧東ドイツを中心に反ユダヤ主義が再び強まる傾向を見せていることだ。

 ベルリンなどでは、数年前からキパと呼ばれる丸いかぶり物を付けていたユダヤ人が唾を吐きかけられたり、罵倒されたりする事件が起きている。2018年4月には、ベルリンでキパを被って歩いていた21歳のイスラエル人が、若者にベルトで殴られた。2019年11月には、19歳のユダヤ人学生が、旧西ドイツのフライブルクのスポーツ・ジムの更衣室で、見知らぬ男から「薄汚いユダヤ人め」と罵られた。男は、学生がかぶっていたキパを奪い取って唾を吐きかけ、ゴミ箱に投げ捨てた。周りにいたドイツ人たちは、誰も男を制止しなかった。

 このためドイツ・ユダヤ人評議会は、ユダヤ人に対して公共の場所でキパをかぶらないよう勧告している。筆者がドイツに来た29年前には、想像もできなかったほどに治安が悪化している。

 昨年8月にザクセン州のケムニッツで起きた暴動では、極右勢力が外国人を路上で追いかけ回し、ユダヤ人が経営するレストランに投石した。