即時停戦・平和交渉を求めるトランプ氏

 さらにトランプ氏は、ウクライナをめぐる和平交渉についても、独自の意見を持っている。

 バイデン大統領と欧州諸国は「我々はウクライナの頭越しにロシアと勝手に和平交渉を行ってはならない。必ずウクライナを交渉に巻き込まなくてはならない」という点で一致している。ウクライナ政府は「クリミア半島やドンバス地方も含めて、ロシアが不法に占領した土地からロシア軍を完全に撤退させるまでは、停戦交渉・和平交渉に応じない」との立場を取る。バイデン政権も欧州諸国も、ウクライナの意向を尊重している。

 だがトランプ氏の意見は異なる。同氏は、10月8日にアリゾナ州で行った演説で「核戦争が起きたら、何万、何十万人もの死者が出る。このため、ウクライナ戦争を終わらせるための平和交渉を直ちに始めるべきだ。さもないと第3次世界大戦が起き、地球全体に甚大な被害が及ぶ」と述べ、戦闘の即時中止と和平交渉の開始を要求した。「欧米がイニシアチブを取って、戦争を終わらせるために、とにかくウクライナを交渉のテーブルに着かせて、妥協を迫るべきだ」というのは、欧州の親ロシア派の主張と一致する。

 さらにトランプ氏は「私はプーチン大統領との間に良好な関係を持っている。したがって、もし私が大統領だったら、ロシアのウクライナ侵攻は起きていないだろう」とも発言している。

 だが、トランプ氏が言うように、欧米が主導権を握ってウクライナをむりやりロシアとの和平交渉のテーブルに着かせて、同氏が言う「ディール(取引)」をまとめるとすると、ロシアが武力に物を言わせてウクライナの土地を不法占拠した事実を、国際社会が追認することになる。占領地におけるロシアの暴力支配を、米国やEU加盟国が認めることになる。そのようなことをしたら、プーチン大統領ないしはその後継者が味をしめて、モルドバやバルト3国、ポーランドなどにも食指を動かすかもしれない。

 幸いなことに、現在のところ共和党内部で、トランプ氏と同様の意見を持つ者は少数派だ。しかし今後2年の間にどのように風向きが変わるか分からない。「トランプ氏が最も票を集められる」と考える議員が増えた場合、トランプ氏が共和党の大統領候補に再び指名されることはないという保証はない。

 ちなみにトランプ氏の対抗馬と目される人物も、保守的傾向が強い。フロリダ州知事のロン・デサンティス氏(共和党)について、米国の報道機関は「共和党の大統領候補を目指す可能性がある」と報じている。同氏は、中間選挙と同日に実施された知事選で、59.4%という高い得票率で再選された。24年の大統領選挙への出馬をまだ表明してはいない。

 デサンティス知事は15年に創設された保守派の議員連盟「フリーダム・コーカス(自由議連)」の創設メンバーの1人で、トランプ氏の盟友だった。ただしトランプ氏と異なり、とっぴで非理性的な発言はしない。このため英ファイナンシャル・タイムズはデサンティス氏を「頭脳を持つトランプ(Trump with brains)」と呼んだことがある。

 デサンティス知事はウクライナ支援の継続について、まだ旗幟(きし)を鮮明にしていない。だが同氏が仮に大統領候補を目指すとしたら、バイデン政権同様の大盤振る舞いを許容するとは考えにくい。下院共和党の重鎮たちが、ウクライナ支援に対しマッカーシー議員と同様に慎重な態度を打ち出しているからだ。「外国支援に多額の金を使うよりは、景気後退やインフレで苦しむ米国市民に金を回そう」という主張は、有権者にとって分かりやすい。

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