大統領や首相は辞任を迫るが馬耳東風

 この事態にレバノン政府は慌てて火消しに走った。ミシェル・アウン大統領、ミーカーティー首相、ブー・ハビーブ外相らはサウジアラビアなどをなだめようと一生懸命だ。

 ただし、当のクルダーヒー情報相は事態の深刻さを理解しているようには思えない。同情報相は、この番組が収録されたのが8月で、当時はまだ情報相に就任しておらず、発言は政府の公式見解ではないと弁明した。実際、クルダーヒー情報相は番組でジャーナリストと紹介されている。

 とはいえ、政治・外交的にそういう政治的立場をとる者が閣僚として行政府にいること自体、レバノンと湾岸諸国の間にネガティブな影響を与えるのはいうまでもない。レバノンは、豊かな湾岸諸国からさまざまな支援を受けている。レバノンから湾岸諸国に数多くの人が出稼ぎに行っており、彼らからの仕送りはレバノン経済を支える柱となっている。

 レバノンの大統領や首相は「愛国心」や「国益」を持ち出して、クルダーヒー情報相に辞任を迫っているようだが、少なくとも現時点において、同情報相は辞任の意思を明確なかたちで表してはいない。事の善悪、真偽は別にして、湾岸諸国との友好関係を傷つけ、レバノンを苦境に陥れ、国益を損なってしまったわけだから、それなりの責任はあるはずだ。しかし、クルダーヒー情報相にとって、それ以上に重要なことがあるということであろう。

レバノンをがんじがらめにする宗教と政治の派閥抗争

 この事件に関連して一連の報道でしばしば指摘されているのが、レバノンのシーア派組織ヒズバッラー(以下、ヒズボラ)の存在である。サウジアラビアのフェイサル外相は10月末、「レバノン危機の背後にはイランの代理勢力の優勢が関係している。このことがわれわれを憂慮させており、サウジアラビアのレバノンへの対応を無意味にしている。レバノンの問題は、同国の政治制度に対しヒズボラが継続的に優位を維持していることにある。レバノン政府にはそのトンネルから抜け出す能力がない」と語った。

 ただし、クルダーヒー情報相はシーア派ではない。そもそもムスリムですらない。キリスト教徒(マロン派)である。なぜ、キリスト教徒がシーア派の組織(フーシ派やヒズボラ)を支持する発言をしなければならないのか。それは、彼の支持母体である「マラダ潮流」という政治組織がシーア派のヒズボラなどと連携しているからである。

 レバノンはその複雑な宗派構成を背景に、宗派対立が長期にわたって続いてきた。内戦は、サウジアラビアが1989年に仲介し終結(ターイフ合意)したものの、問題が抜本的に解決したわけではない。レバノンの国会に当たる国民議会の定員は今も、実際の人口や得票数と関係なく、キリスト教徒とムスリムが同数と定められている。大統領はキリスト教のマロン派、首相はスンナ派(以下、スンニ派)、国民議会議長はシーア派というように権力を分配。さらに閣僚も宗派ごとに配分されている。

 政治的にも、親イラン・親シリアのヒズボラなどシーア派勢力と、親サウジアラビアのスンニ派サァド・ハリーリー元首相が対立する構造にある。さらに、同じ宗派に属するからといって必ずしも仲がいいわけではない。例えば、アウン大統領はキリスト教徒だが反シリア*だったし、ミーカーティー首相はスンニ派だがシリアに近いとされる。

*:シリアの国民の多くはスンニ派に属す。バッシャール・アル・アサド大統領は少数派のアラウィー派。ただしアサド政権はシーア派であるイランと親密な関係にある

 実際、多くの政治勢力が自らの立場を優位にするため、合従連衡を繰り返している。クルダーヒー情報相が近いとされるマラダ潮流もキリスト教徒中心の政党であるにもかかわらず親シリア、親シーア派の立場をとる。したがって、クルダーヒー情報相の一連の発言はその政治的立場から当然といえる。

 マラダ潮流の指導者スレイマーン・ファランジーイェも、クルダーヒー批判は不当であり、彼を支持すると明言した。ヒズボラの指導者、ハサン・ナスラッラーもクルダーヒー情報相辞任を拒否、逆にサウジアラビアを非難している。クルダーヒー情報相はもはや引くに引けない状況なのである。

 フーシ派が占拠するイエメンの首都サナアでは早速、クルダーヒー情報相の大きなポスターがあちこちに飾られた。サナアにある「リヤド通り」は「クルダーヒー通り」と改名されたという。

 現在のレバノン政治におけるヒズボラの影響力を考えれば、クルダーヒー情報相を無理やり辞めさせるのは難しいだろう。レバノンのブー・ハビーブ外相は、問題を解決すべくサウジアラビアに対話を呼びかけている。その一方で、ヒズボラの域内外での活動は国家によってチェックできないとし、半ば諦めたような発言をしている。

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