全4490文字

統治システムが抱えるジレンマ

 中国経済の躍進は、中国そのものを大きく変え、それに見合った理念の修正と統治システムの変革が不可避となっている。中国の現実が、鄧小平理論とこれまでのやり方だけでは間に合わなくなったからだ。つまり鄧小平は貧困から抜け出し経済を発展させろとはいったが、発展した後どうするかは言ってはいない。イデオロギーにはほとんど触れず「中国の特色ある社会主義」という抽象的な言葉を残していっただけなのだ。今回の「四中全会」が、「中国の特色ある社会主義」の意味を掘り下げ、「国家統治システムと統治能力の現代化」を実現するために必要な「決定」を行うことにも大多数の党員に異議があるはずがない。

 だが中国共産党の統治システムも「中国の特色ある社会主義」も、それ自体いくつかの大きな矛盾を抱え込んでいる。中国共産党の内部対立が深まる一つの理由である。

 統治システムが抱える最大の矛盾が、レーニンが始めた「民主集中制」と呼ばれる組織原理にある。民主的に皆で決め、集中された権力で、その決定を実施する仕組みが、それだ。この仕組みでは、トップに権力を集中させるほど実施の効率が上がる。しかし権力を集中させすぎると毛沢東の場合のように、個人崇拝となり、トップの判断ミスが国全体を奈落の底に突き落とす。民主を強調しすぎるとものごとは決まらず実施もいいかげんになる。この兼ね合いが難しく、最適解は簡単には見つからない。

 効率を上げようと権力を集中し始めると、どうしても上意下達となり、下からの民主的な意思決定が難しくなる。そうなるとますます細かな規則を作り、管理を強めて実施させようとする。党員の自覚を促し責任感の強い清廉な公僕となることを求める。これが今、中国の現場で起こっていることだ。

 習近平指導部としては、重大かつ深刻な転換期にある中国を共産党は指導しなければならないのであり必死でやっている。改革と創新を強化し、習近平氏にさらに権力を集中させ、党の方針と政策の実施を担保する仕組みをつくるのは当然だという気持ちだろう。

 だが一部の意識の高い党員を除き、多くはそこまで自己犠牲をするつもりはない。また習近平氏に権力が集中すれば党員の自発性がなくなり、結局のところ政策を実施する際の効率は落ちると考える幹部もいるだろう。また自分に不利な人事や決定がなされるので望ましくないと思う幹部もいるだろう。

中国の特徴ある社会主義が抱える3つの矛盾

 同じように「中国の特色ある社会主義」も多くの矛盾を抱えている。一つは経済発展とイデオロギー(社会主義)の、どちらをより重視するかというジレンマだ。国有企業改革がその典型。国有企業は社会主義の象徴だが、経済からすると負担以外の何物でもない。

 2つ目は経済のロジックと政治安全保障のロジックとの間の矛盾である。経済を成長させるためには国際協調が必要だが、軍事安全保障の目的を達成するためには国際協調を犠牲にする必要も出てくる。台湾の統一や、領土を確保し海外権益を守るためと称して米国に対抗するために軍拡を続けているが、それが米中対立を引き起こした大きな原因となっている。

 3つ目が西洋に起源を持つ政治経済の論理の体系と、中国共産党が最近強調し始めた中国の伝統文化との間の矛盾である。マルクス主義は唯物論だが、これと唯心論と批判されてきた中国伝統の精神文化との融合は至難の業だ。それを融合させるから「中国の特色ある」というものになるというのだろうが、理屈としてますます分かりにくいものとなるだろう。

 これらの矛盾の中で、どちらを重視するかで政策の方向性も、具体的施策も、そのやり方も異なってくるから厄介だ。その間のバランスを上手にとるのは難しい。どちらを重視するかが立場の違い、政策の違いとなってくる。習近平氏が政策の方向性を固めるにつれて、政策において習近平氏と意見を異にする勢力と、習近平氏への権力集中を望ましくないとする流れが合流する。

 中国では共産党のトップである総書記が何でも自分で決めることができるという印象が強い。だが、実はそうでもない。毛沢東のように圧倒的な実績に裏打ちされた指導者ならいざ知らず、鄧小平でさえ党内の意思決定にかなり苦労をしている。