双十節の演説で「現状維持」を明確にした台湾の蔡英文総統(写真:REX/アフロ)
双十節の演説で「現状維持」を明確にした台湾の蔡英文総統(写真:REX/アフロ)

 台湾海峡をめぐる軍事的緊張がますます高まっている、という報道を頻繁に目にする。①中国が軍事力を急速に強化し、②中国と米台との軍事バランスが中国有利に傾いているという客観的事実、および③人民解放軍が台湾に向ける軍事的威圧行為の増大が、多くの軍事安全保障専門家に「軍事侵攻の可能性が高まった」と判断させているのであろう。

 ところが10月10日に、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統が発した言葉を見る限り、そういう緊迫感は全く感じられない。この日は、台湾でいう双十節、中国でいう辛亥革命記念日に当たる。両指導者が、政治的に緊張をあおるのを回避し、両岸関係を安定させようと考えていることが見て取れた。軍事面での動きと指導者の発言とのこの違いは、どうして生じるのであろうか。

習近平、蔡英文ともに「刺激」を避ける

 蔡英文演説から見てみよう。最も注目されるのは、「現状維持」が台湾の立場だということを明確に示している点である。「台湾独立に動いた」と中国に断定されないよう、具体的な言及に注意している。中国を刺激する言葉も避けた。中国の関係部局は、この演説を「“台湾独立”を鼓吹し、歴史と事実をねじ曲げ、“団結”の名の下に、台湾の民意を奪い取ろうとしている」と批判したが、どこがそうなのか、具体的な指摘はない。

 蔡英文演説は、台湾の民意が「現状維持」に動いている実態を反映したものになっている。つまり、有利に展開している国際情勢にはうまく乗るし、中国の軍事的圧力の増大には米国とともに対応するが、不必要に中国側を刺激することはしない方針で臨んでいるということであろう。

 習近平演説にも、勇ましい言葉は見当たらない。孫文という、中国共産党も中国近代革命の元祖とみなしている人物が始めた辛亥革命の記念日ということもあり、孫文をたたえる言葉が中心を成している。

 習近平国家主席は、この辛亥革命から110年の歴史は「中華民族の偉大な復興には、安定団結の国内環境が必要なだけではなく、平和で安定した国際環境も必要」なことを示していると語った。これは、平和で安定した国際環境を中国側から壊すつもりはないとの意思表示であろう。孫文の「中国が強く豊かになったときには、民族の地位を回復するだけではなく、世界に対し大きな責任を負わなければならない」という言葉も引用している。

 同国家主席は「平和的なやり方による祖国統一が、台湾を含む中華民族全体の利益に合致し、平和統一、一国二制度」の基本方針を堅持すると確認している。台湾独立は、人民に見捨てられ、歴史の審判を受けるであろうと言っているが、それに対して武力行使するとは一切示唆していない。

 「国家の主権を保全し領土を守るという中国人民の強い決意と強大な能力を過小評価してはならない」と述べているのは、「台湾問題は純粋に中国の内政であり、外からのいかなる干渉も許さない」という文脈であり、台湾向けではない。

 この習近平演説の直前、人民解放軍は台湾の防空識別圏に大規模に侵入し、軍事演習も活発化させた。習近平演説の基調とは異なる動きであり、その意図は様々に解釈されている。もちろん、台湾独立への流れを阻止する意味合いもあろう。だが、基本は、中国に対して軍事的圧力を強める米国を中心とする国際的な動きに対する対抗措置とみるのが妥当だ。中国においても、政治と軍事安全保障との間に乖離(かいり)が生じているのだ。

「軍事力が最も有効な手段だ」との考えもあるが

 「外交と軍事のレッドラインを試し合う米国と中国」の回で、1996年の台湾海峡危機を次のように総括した。すなわち、人民解放軍は米軍を台湾に近づけさせない軍事力を持つために必死に努力し、結果として、この戦域における対米軍事優位を実現した。

 最近の米国の動きは、この中国優位の軍事バランスを米国優位に戻そうとするものであり、米軍自身、軍事態勢を見直し中である。

 人民解放軍は、中国の軍事侵攻を阻止するシナリオを台湾が1つでも持てば、台湾独立の動きが助長され、中国から離れる可能性が高まると考えている。同国指導部もその見方を共有している。やはり「軍事力が、台湾や米国の動きに対抗する最も有効な手段だ」と考えており、平和的に統一するにしても、軍事力の背景がなければ難しいと判断している。したがって、米国の軍事的な動きに対して、必死になって対抗するであろう。これは、中国指導部も、軍事安全保障を強く意識しているという見方の有力な根拠となる。

続きを読む 2/3 米国は「曖昧戦略」を継続する意向

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