多くの議員を敵に回したジョンソン首相の誤算
欧州の報道関係者の間で、英国・EU交渉の最大の難関であるバックストップ論争が、これほど迅速に解決できると予想した者はほとんどいなかった。ブリュッセルでのEU首脳会議は、10月17日の段階で27カ国の首脳が新合意案をスピード承認した。同首脳会議は翌朝まで続くことが多いが、今回は珍しく徹夜会議にならなかった。
せっかくEUから譲歩を勝ち取ったジョンソン首相に「待った」をかけたのは、自国の議員たちだった。これは彼の戦略ミスが招いた結果でもある。
ジョンソン首相は「是が非でも10月31日までにEUを離脱する」という公約を掲げて保守党の党首に選ばれた。このため合意なき離脱に反対した議員らを除名したり、議員たちからの横やりを防ぐために夏休み明け直後に議会下院を強制的に休会させたりするなどの強硬策を取った。
このことが、野党や合意なき離脱に反対する保守党議員たちの間で「ジョンソン首相は法律の抜け穴を見つけて、10月末に合意なき離脱に突っ走るのではないか」という疑念を増幅させた。議員たちが「ベン法」と「レトウィン修正案」という落とし穴を仕掛け、同首相の手を縛ったのは、このためである。これらの法案が下院で過半数を獲得したことは、ジョンソン首相の姿勢を疑問視する議員が増えていることを象徴している。
つまりジョンソン首相の最大の敵は、EUではなく自国の議員たちだ。議員たちはこれからも機動的に動議を提出して、首相の手を縛ろうとするだろう。合意なき離脱に反対する人々は、首相が万一法律を破って離脱を強行しようとした場合、法廷闘争に持ち込むに違いない。
「EUとの新しい合意に至った。これによって、ブレグジットをめぐる混乱が早期に収拾される」と考えるのは、楽観的すぎる。
英国では、今の時点でも①前倒し選挙の実施、②政府に対する不信任案の提出、③国民投票のやり直しなど、様々な可能性が取り沙汰されている。これらの可能性の中には、「政府が合意案の実施に関する法律を可決させることができず、議会下院の承認も得られないために、時間切れで合意なき離脱になだれ込む」という最悪のシナリオも含まれる。
10月21日早朝の時点で現地では、ジョンソン首相がこの日、EUとの合意案の実行に関する法案の提出と並行して、「EUとの合意に賛成するか、反対するか」という二者択一式の採決を実行するよう、下院議長に要請するという情報が流れている。
ジョンソン首相は、この採決は「レトウィン修正案」に抵触しないと解釈している。もしも下院議長が首相の要請を認めれば、21日の夜に採決が行われる可能性もある。だが首相が過半数を確保できるかどうかは、未知数である。
ジョンソン首相の脳裏には今、3回にわたり協定案を否決され、権力の座から去ったメイ前首相の姿が浮かんでいるかもしれない。
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