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 英国のEU離脱(ブレグジット)に関するボールがブリュッセル(ベルギー、EU=欧州連合を指す)から英ロンドン(英政府を指す)に投げ返され、堂々めぐりが再開された。ボリス・ジョンソン英首相の運命は1週間のうちに二転三転した。

 同首相は10月17日には、離脱協定案の部分的修正をEUから奇跡的に勝ち取ることに成功した。だがその2日後には一議員の動議によって、協定案の議会での採決を阻まれた。この展開は、ジョンソン首相の最大の「敵」がEUではなく、議会下院であることをはっきり示した。「EUとの合意で英国の混乱は早期に収拾する」という楽観論は禁物だ。

(写真:Jessica Taylor/UK Parliament/ロイター/アフロ)

 10月19日は、英国で「スーパー・サタデー(特別な土曜日)」と呼ばれた。英国議会下院は、通常土曜日には審議を行わない。例外的に特別審議を行ったのは、フォークランド紛争が起きた1982年のこと。今回の特別審議はそれ以来37年ぶりのことだ。特別審議は1939年以来、4回しか行われていない。

 この日、ジョンソン首相は、自ら「エクセレント・ディール(素晴らしい合意)」と呼ぶEU離脱協定案を下院で可決させ、公約通り10月31日に英国をEUから離脱させようと目指していた。つまり同首相のもくろみでは、10月19日は英国史に残る日となるはずだった。

  だが同首相は、採決を目前にはしごを外された。仕掛け人は、63歳のオリバー・レトウィン という元保守党議員である。同氏は、合意なき離脱に反対している。レトウィン議員は9月、ジョンソン首相が合意なくEUから離脱することを禁止する野党の法案を支持した。このためジョンソン氏に「反逆者」と見なされて保守党から除名処分を受け、無所属議員となっていた。

 レトウィン氏は10月19日の採決が始まる寸前に、「議会下院は、EUとの合意の施行に関する法律が下院・上院で可決されるまで、合意案の承認を保留する」という動議を提出した。「レトウィン修正案」と呼ばれるこの動議には322人の議員が賛成し成立した。このためジョンソン首相は、まずEUとの合意の施行に関する法律を下院での審議にかけることを余儀なくされ、スーパー・サタデーの採決は流れた。この日を歴史的な日にするという同首相のもくろみは、あっけなくついえた。

離脱延期申請を強制されたジョンソン首相

 ジョンソン首相の行く手に仕掛けられた「地雷」は、レトウィン修正案だけではなかった。労働党のヒラリー・ベン議員らが今年9月、「EU離脱に関する協定案を下院が10月19日の午後11時までに承認しない場合、ジョンソン首相は離脱期限を2020年1月31日まで延期するよう要請しなくてはならない」という法案を提出。この法案に329人の議員が賛成し、成立した。

 ジョンソン首相は19日の採決に失敗したため、この通称「ベン法」に基づき、EUのドナルド・トゥスク大統領に離脱期日の3カ月延期を申請する書簡を送らざるを得なくなった。ただしジョンソン首相はこの書簡を署名しないまま送付した。

 同首相は同時にもう一通の書簡をトゥスク大統領に送り、「延期申請は私の意図ではなく、議会下院の決定だ」と強調した。同首相はこの書簡には署名している。つまり同首相はこの2通の書簡によって、「法律によりやむなく延期を申請するが、私は延期に反対だ」という態度をはっきり示した。

 ジョンソン首相は就任して以来、「どんなことがあっても、10月31日にEUを離脱する。延期を申請するくらいならば、溝の中でのたれ死んだ方がましだ」と明言していた。つまり意志に反してブレグジットの3カ月にわたる延期を申請させられたジョンソン首相は、スーパー・サタデーに深刻な挫折を味わったのだ。

  EUはテリーザ・メイ前首相の在任時にも、「首相と議会のどちらの意図を尊重すればよいのか分からない」と不満を表明していた。今回も、矛盾する内容の2通の書簡をジョンソン首相から受け取って、当惑しているはずだ。このエピソードは、英国の政治システムが首相だけでなく議会にも強い権限を与えているために、国家としての意思統一や迅速な決定が困難になる側面を浮き彫りにしている。