YPGがアサド政権と組んださらに奥にある背景として、中東地域で混迷が続いていることが挙げられます。誰と誰が組んでもおかしくないのです。対IS掃討作戦では、それまで敵対していた様々な勢力がまがりなりにも協調しました。これは一つの例と言えます。

 また、エルドアン大統領は、アサド政権がYPGを支援することになったら、アサド政権の後ろ盾であるロシアに仲介を求めアサド政権との正面衝突を避けるつもりだったでしょう。ロシアとの関係緊密化を進めてきたのは、こうした事情もあるかもしれません。

 そして対クルド軍事作戦を停止する条件として、アサド政権に対し「国境を固め、YPGがトルコに害を及ぼさないようにする」よう求めたことでしょう。したがって、アサド政権がプレーヤーとして登場したことは、トルコにとって必ずしも悪い話ではありません。

アサド政権の側に、YPGと手を組むメリットはあるのですか。

新井:トルコの軍事行動をけん制する効果があると思います。YPGが攻撃対象とはいえ、シリアの領土にトルコの軍隊が入っているわけです。独立国として、これを見過ごすわけにはいきません。

米・トルコ合意は真の停戦につながるか

ロシアが表立った仲介に動く前に、米国がトルコにマイク・ペンス副大統領とマイク・ポンペオ国務長官を派遣し、トルコが軍事作戦を停止することで話をまとめました。今後の展開をどう読みますか。

 停止の主な条件は、(1)シリア北部に安全地帯を設ける、(2)安全地帯はトルコ空軍が管理する、(3)YPGは安全地帯から撤退する。会談後の共同声明では、YPGから重火器を回収することにも触れました。YPGにとっては著しく不利なものに見えます。

新井:トランプ政権の2人の幹部がエルドアン大統領と話をして、トルコはすぐに攻撃停止を決めました。米国による経済制裁が効いている可能性があります。

米財務省は、トルコの2つの省と3人の閣僚を対象に、米国内に保有する資産を凍結するとともに、米国人との取引を原則的に禁じました。2省は国防省とエネルギー天然資源省。3閣僚はアカル国防相、ソイル内相、ドンメズ・エネルギー天然資源相です。鉄鋼に科す関税も25%から50%に引き上げました。トランプ大統領は10月14日「トルコ経済を破壊する準備ができている」と発言しています。

新井:「破壊する」ははったりでしょう。トルコにとってダメージが大きいのは、制裁そのものよりも制裁がもたらすリラ安です。リラ安がもたらす経済成長の鈍化がエルドアン政権への支持率を低下させるからです。

 ただし、本格的な停戦に至る可能性は高くないでしょう。YPGがシリア北部で勢力を維持している限り、エルドアン大統領は攻撃をやめないと思います。米国は今回の撤退でYPGを裏切っています。YPGが、安全地帯から素直に撤退するとは考えれられません。

 したがって、ロシアの方が仲介できる可能性が高いと思われます。

ロシアならばYPGを説得できるのでしょうか。

新井:交換条件次第のところはあると思います。例えば自治地域の承認とか。クルド人たちは既に「ロジャヴァ」という自治地域を確立しています。これに対して公式の承認を与える。承認を与えるのはアサド政権ですから、同政権に対して発言力を有するロシアが、その意味でも適していると言えます。

トルコは米国の核の傘を重視


 トルコは地対空ミサイル「S400」をロシアから購入するなど、ロシアとの関係を深めてきました。これに怒った米国は、第5世代のステルス戦闘機「F-35」の共同開発計画からトルコを排除すると決めた。米国は今後、F-35の部品製造に携わるトルコ企業を排除するとともに、F-35約100機のトルコへの販売も凍結する予定です。

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