
トルコとシリアの国境で不安定の度が増している。10月7日に米国が撤退を表明。これを受けてトルコが、シリア北部のクルド人勢力への軍事作戦を開始した。17日には米・トルコが作戦停止で合意したものの、その条件はクルド人勢力にとって著しく不利なものに見える。ロシアがさらにプレゼンスを増すことになるのか。トルコの地域研究を専門とする新井春美ガバナンスアーキテクト機構上席研究員に聞いた。
(聞き手 森 永輔)
トルコと米国が10月17日、シリア北部を拠点とするクルド人勢力への軍事作戦をトルコが停止することで合意しました。トルコが10月9日に同作戦を開始してから約1週間のことです。非常に速い展開ですね。 ことの発端は、ドナルド・トランプ米大統領がシリア北東部からの米軍撤退を発表したことでした。この部隊はどのような役割を担っていたのですか。なぜ、この時期に撤退を発表したのでしょう。
新井:役割はクルド人武装勢力に対する訓練と情報収集活動です。このクルド人武装勢力は、過激派組織「イスラム国(IS)」を掃討する作戦で米軍と協力して戦ってきました。

トランプ大統領の発表は唐突なものではありません。同大統領は2018年12月にISに勝利したと宣言した後、米軍の戦闘部隊の撤退を開始。米国とトルコはその後も、トルコ・シリアの国境地帯に安全地帯を設けることなどを話し合っており、米軍の完全撤退に向けて着々と準備を進めてきたのです。トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は10月7日、「米国がようやく、トルコが望んでいたところまで到達した」と発言しています。
弾圧と抵抗に彩られたクルドの歴史
エルドアン大統領はなぜクルド人勢力を攻撃したのですか。領土を侵されたシリアのアサド政権や、その後ろ盾であるロシアが介入することは事前に想定できると思うのですが。
新井:攻撃した理由は、従来から続く歴史的背景にあります。トルコ共和国建国後、トルコは同国内に住むクルド人に対して同化政策を取りました。クルド語の使用を禁止したり、トルコ風の名前に改名することを強制したりした。こうした扱いに反発したアブドラ・オジャランが1970年代にクルド労働党(PKK)を設立して、「独立クルド人国家」の樹立を目指す活動を始めました。PKKは暴力手段も辞さないことから、トルコ政府はこれをテロ組織と認定しています。
シリア北部のクルド人武装勢力「クルド人民防衛隊(YPG)」はPKKと密接な関係にあることから、トルコ政府はYPGもテロ組織と認定しています。IS掃討作戦が終了した後もYPGがトルコとの国境にとどまることは、トルコにとって安全保障上の脅威となります。
これまでは、米軍とトルコ軍が合同でシリア北部をパトロールすることで、YPGがトルコに対し行動を起こすのを警戒してきました。しかし、この米軍が撤退することになり、トルコとしてはより大きな脅威を感じることになったのです。なので、エルドアン大統領はこれを排除し安全地帯を設けるべく、攻撃に踏み切りました。
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