緑の党の不調の原因も首相候補

 また緑の党は前回の選挙に比べて得票率を増やし、第3党の座を占めることに成功した。とはいうものの、執行部そして多くの党員は今回の開票結果に強い不満を抱いているはずだ。

 同党の支持率は、今年5月には26%まで高まり、一時はCDU・CSUとSPDを追い抜いて首位に立っていた。しかし、アンナレーナ・ベアボック首相候補の個人的な失点が、同党の上昇気流にブレーキをかけた。

 具体的には、ベアボック氏が臨時収入を連邦議会事務局に申告するのを忘れていたことが明らかになった他、党や自分のホームページに掲載した経歴に複数の誤りがあり、修正を余儀なくされた。

 最も大きな打撃になったのは、ベアボック氏が今年6月に出版した新著の中で、他の党員が書いた記事や論文から文章を無断で引用していたことだ。無断引用を指摘されたベアボック氏は当初、「自分は博士論文を書いたわけではない」と開き直るような態度を取り、約1カ月にわたり謝罪を拒否した。この出来事は、州首相はおろか、市町村の首長も経験したことのないベアボック氏の政治家としての未熟さを露呈した。ベアボック氏のオウン・ゴール(自殺点)が連邦首相府を目指す同党の勢いを失速させた。同党は一時、ベアボック氏の写真を選挙ポスターに使うことも控えていたほどだ。

 また気候変動に歯止めをかけることを最も重要な目標にしている緑の党は、ドイツをエコロジー国家に作り替えるとの目標を掲げ、自動車や暖房の燃料にかけられている炭素税を2023年以降大幅に引き上げることを公約していた(メルケル政権は今年1月に炭素税を導入、二酸化炭素1トンあたりの炭素税は、2023年には35ユーロになる予定。緑の党はこれを60ユーロに引き上げる方針をマニフェストに明記した)。今年8月のドイツの物価上昇率(前年同月比)は3.9%に達しており、多くの市民がエネルギー費用の高騰を懸念している。有権者の中には、「緑の党主導の政権が生まれると、可処分所得が減る」と不安を抱いた人が多かったに違いない。

 このため、9月16日時点の緑の党への支持率は、今年5月に比べて11ポイントも減り、15%に落ち込んだ。緑の党の首相を誕生させる夢は、線香花火のようにはかなく消え去った。

選挙戦の終盤で伏兵ショルツ氏の人気が急上昇

 CDU・CSUや緑の党と鮮やかな対照を見せたのがSPDである。ARDの世論調査によると、同党の支持率は昨夏から今年6月まで14~17%と低迷していたが、7月の水害以降急上昇し、9月16日には26%と首位に立った。

 首相候補のショルツ氏はメルケル政権の副首相兼財務臣であり、どちらかと言えば地味な政治家である。SPDの幹事長だったとき、ドイツの政治記者の間で「決まり文句を繰り返す退屈な政治家」と呼ばれたこともあった。またショルツ氏は、SPDでは「ネオリベラル派」と見られている。彼は、社会保障サービスを切り詰め、低賃金部門を拡大することで企業収益の拡大に貢献した、シュレーダー前首相の改革プログラム「アゲンダ2010」を支持した。ショルツ氏はこのため党内左派から「ブルジョア勢力」として白眼視されてきた。

 現在SPDの共同党首の1人で、同党左派の急先鋒であるあるサスキア・エスケン氏はかつて、「アゲンダ2010の片棒を担いだショルツ氏は、まっとうな社民党員ではない」と公言したことがある。

 だがSPDは、「選挙に勝つ」ため、党内の路線闘争を一時棚上げにし、一丸となってショルツ氏を支援した。同氏については、ラシェット氏やベアボック氏とは対照的に、大きな個人的なミスが浮上しなかった。同氏は財務大臣として水害の被災地を訪れ、「市民を支援するため財政出動を積極的に行う」と約束し、300億ユーロ(約3兆9000億円)の復興基金を設置した。また新型コロナ対策のために巨額の国債を発行し、パンデミックで打撃を受けた企業と市民の救済に力を尽くしたことも、高く評価された。

 ショルツ氏は2007年に第1次メルケル政権の労働社会大臣を務めた他、2011年にはハンブルク市(州政府と同格)の市長を務めた。中央政界および地方政治での経験は、3人の首相候補の中で最も豊富である。

 新型コロナ・パンデミック、中国やロシアとの対立の激化、デジタル化や非炭素化による経済の激変によって、多くのドイツ人は漠たる不安を抱えている。選挙戦の終盤でSPDへの支持率が急上昇したのは、こうした不安の時代に、派手さはないが堅実そうな印象を与えるショルツ氏に国政を任せたいと考える市民が増えたためだ。彼らは急激な変化よりも、安定を選んだ。

 ARDの支持率調査によると、「ショルツ氏が首相に適任だ」と答えた回答者の比率は今年5月には21%にすぎなかったが、9月16日には40%に上昇した。今年7月に水害が起きるまで、ショルツ氏が首相候補として最高の人気を集め、SPDの得票率を首位に押し上げるとは、誰も予想していなかった。

次ページ 連立交渉は難航か