サウジが、イランの兵器が使われた証拠として公開した残骸(写真:AP/アフロ)
9月14日早朝、サウジアラビア東部州のブカイク(以下、アブカイク)とヒジュラ・フレイス(以下、クライス)にある国営石油会社サウジアラムコの石油施設に攻撃があり、大規模な火災が発生した。アブカイクもクライスも巨大産油国サウジの中でもとりわけ重要な石油施設が集まっている場所であり、サウジ側の発表によれば、この攻撃で日量570万バレルの石油生産が停止した。これは、サウジの生産量の約6割に相当する。
これを受け、原油価格は大幅に高騰、ニューヨーク時間夜には米WTI原油先物が15%超高の1バレル63.34ドルに急伸、約4カ月ぶりの高値をつけた。ただし、その後、サウジ国内の在庫が十分あったことや、9月末までに復旧するとアラムコが声明を出したことで、原油価格は落ち着きを取り戻し、数日でほぼ事件前の水準に戻している。
とはいっても、今回の事件でサウジの石油施設がこうした攻撃には脆弱であることが露呈してしまった。サウジでは、油田を含む石油施設に対する警戒はきわめて厳重だ。2006年にはアルカイダのサウジ支部がアブカイクを襲撃する事件があったが、そのときは撃退して、物的被害はほとんど出なかった。
アルカイダのケースのような地上からの攻撃、あるいは弾道ミサイルによる攻撃には、比較的強いものの、ドローンや巡航ミサイルに対する防衛は不完全であったということであろう。サウジのように世界でも有数の巨額の国防費を持つ国が、こうした事態に陥れば、政権中枢に対する批判が高まる可能性が否定できなくなる。
今回の攻撃のあと油価は比較的短期間で落ち着いたが、こうした事件が連続することがあれば、そうもいくまい。おそらく今後の石油市場では、地政学的リスク・プレミアムが上乗せされていくことも考えなければならないだろう。
フーシが実行した?「第2抑止均衡作戦」
一方、攻撃主体ははっきりしていない。事件直後にイエメンの武装組織フーシー派(公式名称は「アンサールッラー」、以下「フーシ派」)の武装部隊報道官が、サウジの2つの石油施設に対し10機のドローンによる攻撃を行ったと発表した。同報道官はこの攻撃が、フーシ派に対する2015年以来の敵対行為および封鎖に対する合法的かつ当然の権利としての報復の枠組みで行ったもので、サウジ深部を標的にした過去最大級の作戦だと主張した。
さらに同報道官は、「敵対行為や封鎖が継続するならば、われらの作戦は、今後さらに拡大し、これまでにないほど激しいものとなるだろう」「われらの標的のリストは日々、拡大し、サウジ現体制の前には、わが国に対する敵対行為や封鎖をやめること以外、解決策はない」とも述べた。
なお、フーシ派はこの攻撃を「第2抑止均衡作戦」と名づけている。ちなみに「第1抑止均衡作戦」は8月17日に実施した、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)の国境沿いにあるシェイバ(以下、シャイバ)油田に対するドローン攻撃を指す。今回の攻撃はそれに続くものと位置づけられる。
ただし、フーシ派による攻撃か否かについてはかなり早い段階で疑問が出ていた。フーシ派の拠点であるイエメン北部のサァダや同派が占拠する首都のサナアからサウジ東部州までは優に1000km以上離れており、フーシ派がそうした足の長いドローンを所有したり、運用したりできるかどうかについて疑問視する見方があったからだ。また、標的になった現場では明らかに10個を超える被弾箇所が見つかっており、フーシ派の声明そのものに対する信ぴょう性が問われている。
意外と知られていないが、2014年にフーシ派がイエメンの首都を占拠して、合法政府を駆逐したときに、フーシ派の武装解除と合法政府の復帰を要求する国連安保理決議2201が採択され、同派に対しては武器の禁輸措置が科されている。つまり、法的には2014年以降にイエメンに入ってきた武器はすべて安保理決議に反していることになる。
フーシ派はこれまでイラン製ドローン「アバービールT」の改良型とされる「ガーセフ1」を使用していた。さらに、今年になってから航続距離1400km以上という無人機「UAV-X」を開発したとし、5月に行ったサウジ東西パイプライン攻撃で使用したといわれている。さらに6月には「グドス1」「サマド1」「サマド3」「ガーセフK2」などの新型兵器を公開している。
このうちグドス1は巡航ミサイル、その他はドローンである。またサマド3は航続距離が1500kmから1700kmとされている。少なくともフーシ派側からのこれまでの報道を見るかぎり、フーシ派は、遠く離れたサウジ東部州の油田地帯を攻撃する能力は十分あるということになる。とはいえ、フーシ派がこれらを「開発」できると考えている専門家はほとんどいない。大半の専門家たちは、どこを経由したにせよ、イランからの密輸だと考えている。
イランの名指しを避けるサウジ
被害者であるサウジは9月18日に、国防省が記者会見を行い、以下の点を明らかにした。
- 現場の監視システムから得た写真や画像から、攻撃はイエメンからではなく、北から行われた。
- 攻撃に使用された武器はドローン18機、巡航ミサイル7機の合計25機。
- 巡航ミサイルは、今年2月にイランの革命防衛隊が公開した巡航ミサイルが用いられた(巡航距離1350kmの「ホヴェイゼ・ミサイル」?)
- アブカイクへの攻撃は18機のドローン、クライスへの攻撃は7機の巡航ミサイル。巡航ミサイルのうち3機は迎撃に成功。
- 誰が発射したのかは不明だが、イエメンの民ではなく、イラン現体制に忠実な人びとが、イラン現体制や革命防衛隊から命令を受けて行ったと考えられる。
- 事件に関する国際調査団を結成する。
攻撃が南のイエメンからではなく、北からであるというのは、攻撃直後からSNSなどに出回った、クウェート上空を通過した飛行物体の動画、あるいはそれに関するクウェートからの報道とも一致する(ただし、これがドローンや巡航ミサイルかどうかは未確認)。
サウジ側がイエメンからの攻撃ではないと明確に否定している点は重要である(もちろん、イエメンからドローンやミサイルを発射して、迂回させて標的を攻撃したという可能性は否定できないはずだが)。しかし、イランの指示やイラン製武器の使用を示唆しており、イランの何らかの関与については疑問の余地がないというのがサウジの基本的立場といえる。
サウジの言説は、従来どおり、イランの関与やイランの責任という語を用いて、同国を厳しく非難しているものの、直接的な攻撃主体として名指ししていない点をどう見たらいいのだろうか。少なくともこの9月18日の記者会見の時点では、イランとの直接的な軍事衝突を避けたいとの思惑が感じられる。
もちろん、米国との協力体制が緊密なことを事あるごとに強調しており、米国主導の海上警備の有志連合への参加も決定した。この直後にはUAEも同連合への参加を決めている。これで、米・英・オーストラリアのほか、バハレーン(以下、バーレーン)、サウジ、UAEなど反イラン勢力が結束したことになる。
米国もトーンダウン
他方、今回の事件では、かなり早い段階から頻繁に米政権中枢がイラン犯人説を発信している。ただ、米国が提示するイラン犯行説は、これまでの米・イラン対立の推移から、そう簡単にうのみにはできない。なお、米国は5月の東西パイプライン攻撃も、イエメンからではなくイラクからだとの見方を示している。ただし、これについてはイラク政府もフーシ派も否定している。
米国との関係改善を望まないイラン国内勢力の犯行という見立てはそれなりに説得力を持つかもしれない。ちょうど、対イラン強硬派で知られたジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が解任され、トランプ大統領とイランのロウハーニー(以下、ロウハニ)大統領との会談があるのではないかとか、米国がイランに科す制裁を緩和するのではとの観測が流れた矢先だったからだ。トランプ大統領は事件後、サウジの実質的指導者、ムハンマド皇太子(MbS)と電話で会談し、サウジ支援を約束した。別の場では「臨戦態勢(locked and loaded)」といった軍事攻撃の可能性を強く示唆する言葉を発している。
ただし、米政権中枢の発言も、イラン犯行説に大きなブレはないものの、徐々に軟化している感じもする。もっともイケイケの発言をしていたマイク・ポンペイオ(以下、ポンペオ)国務長官も、サウジやUAEを訪問して、サウジのムハンマド皇太子(MbS)やアブダビのムハンマド皇太子(MbZ)と会談したあとの9月19日、「米国は平和的な解決を望んでいる。イランもそうだと願いたい」と明らかにトーンダウンした。あるいは、サウジやUAEから事を荒立てないでほしいといった要請があったのであろうか。
イラン中央銀行や政府系ファンドへの制裁を科すと発表していたトランプ大統領も軍事オプションを否定することはないものの、9月20日には平和的解決を望むと語っている。
イラン上層部も平和的解決を望む
一方、フーシ派とそれを支援するイランは一貫してフーシ派・イエメン犯行説に立つ。9月18日の記者会見でサウジが「攻撃はイエメンからではない」と断定したことに対し、すぐにフーシ派は反論を加え「攻撃に使用したのはガーセフとサマド3で、いずれも航続距離は1700kmを誇る。これらは4つの弾頭を有し、3つの異なる陣地から発射された」と主張した。軍事専門家ではない筆者には、フーシ派のこの説明が正しいのかどうか判断がつきかねる。
フーシ派が自分たちの犯行に拘泥するのは当然だが、イラン側も、今回の攻撃をサウジ・UAEの攻撃に対するイエメン軍(フーシ派)の「自衛」のための報復と位置づけている。さらに、フーシ派が用いたのはイランから輸入したイラン製の武器ではなく、自前で開発した武器であり、イランはあくまで政治的・道義的・人道的にイエメンを支援しているだけで、悪いのはサウジやUAE、そして米国だと主張した。イランからも「米国との軍事衝突となってもかまわない」といった勇ましい発言も出てきているが、その一方で、政権上層部からは平和的な解決を望むといった言葉が聞こえてくる。
当のフーシ幹部は和平を提案
フーシ派も、上記の反論会見で「サウジのみならず、アブダビやドバイなどUAEも攻撃対象である」とするなど強硬な発言をしているが、フーシ派の支配する最高政治評議会のマフディー・マシャート議長が「すべての戦争当事者に対し包括的国民和解に至る現実的かつ真剣な交渉を行う和平提案」を呼びかけた。9月20日に行われた、フーシ派によるクーデター(「9月21日革命」)5周年を記念する演説でのことだ。同議長はまた、サウジ領内をドローンや弾道ミサイルなどあらゆる方法で標的にすることを中止すると発表した。
この提案をそのままとらえるならば、一方的な停戦宣言と見ることも可能である。なぜ、突然、このような提案をしたのか、今のところ真意は不明だ。状況が予想以上に緊迫したことに対してあわてて、あるいはイランからの圧力を受けて方針転換したとも考えられる。
一方、サウジ側の対応は、国際調査団の結果待ちではあるが、仮にイランが事件の背後にいたことが証明されれば、国際社会がイランに対し責任を取らせるべく協力していかねばならないとし、特に欧州諸国がイランに対しより強硬な姿勢を示すよう求めている。このことは、つまりサウジが単独でイランに対し軍事的な報復を行う可能性は小さいことを示しているのかもしれない。
イランを名指しした欧州も軍事オプションは慎重
他方、その欧州諸国ではフランスのエマニュエル・マクロン大統領、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、英国のボリス・ジョンソン首相が9月23日、サウジの石油施設攻撃に関して協議。その後、共同声明を発出して、イランに攻撃の責任があるのは明らかだと述べた。だが、この声明で同時に「イランは、核開発の長期的な枠組みとミサイル開発などの問題に関する協議の場に着くべきだ」と要求しており、軍事オプションについては依然として慎重な立場を示している。
同様に、米国は、遅れていたロウハニ大統領の国連総会出席のためのビザを発給した。トランプ大統領はその国連総会の演説で、相変わらずのイラン非難を展開、イランへの制裁強化をけん引する意向を示した。しかし、同時に米国はイランと友好関係を築く用意があると言及し、硬軟両面でイランに揺さぶりをかけているようにも見える。この演説からも、軍事オプションの可能性が少し小さくなったことがうかがえよう。
また、イランは7月に拿捕(だほ)した英国のタンカーを解放した。ロウハニ大統領も、米国が対イラン制裁を解除すれば、2015年の核合意の「微修正や追加」の交渉に応じる用意があると語っており、従来のかたくなな姿勢に変化を感じさせた。マクロン大統領やメルケル首相もロウハニ大統領と会談、米国との協議をうながしている。雨降って地固まるとまでは言い難いが、武力衝突回避の方向で少しずつ進み始めている気もする。
茂木外相、河野防衛相の深謀遠慮?
日本の安倍首相も9月24日、ニューヨークでロウハニ大統領と会談した。報道や公式発表によれば、安倍首相はサウジ石油施設への攻撃についてイランを名指しすることなく、イランに対し核合意を履行し、ペルシャ湾での船舶の安全な航行確保に向け責任を果たすよう要請したという。また、安倍首相は国連総会の一般討論演説でも、サウジ石油施設攻撃を激しく非難したが、イランを名指しすることは避けた。明らかにサウジ・イラン双方に配慮したかたちと言えるだろう。
なお、サウジ石油施設攻撃に関し、安倍・ロウハニ会談の前に、日本の茂木敏充外相は「(フーシ派による」サウジ東部石油施設に対するテロ攻撃について」との談話を発表している。この外相談話はタイトルだけ見れば、攻撃の主体をフーシ派だと明らかに断定している。また、前外相の河野太郎防衛相も、実行犯がフーシ派である可能性が高いとの認識を示した。いずれも、米国やサウジの主張するイラン関与説とは矛盾する。安倍首相とロウハニ大統領の会談を見すえての発言だとすると、なかなかの深謀遠慮と言わざるを得ない。
ちなみに言うと、フーシ派やイランのメディアは、こうした発言をとらえて、サウジ石油施設に対する攻撃はフーシ派によると日本が断定したと報じている。
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