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ドイツの大都市では週末になると、メルケル政権が進めるコロナ対策や経済活動の制限に反対する市民が抗議デモを繰り広げる。ドイツでは、この新型コロナウイルス感染防止策反対派と、ネオナチをはじめとする極右勢力が危険な混合体を醸成しつつある。

8月29日の議事堂前。入り口前の階段に、群衆が黒・白・赤の旗を掲げてたむろし続けた(写真:ロイター/アフロ)

 8月29日にベルリンで行われたデモには、全国から約3万8000人の市民が参加した。主催者はシュトゥットガルトのIT(情報技術)企業家ミヒャエル・バルヴェクが主催する市民団体「クヴェアデンケン711」。クヴェアデンケンに日本語の定訳はないが、あえて訳すと「常識にとらわれない、斜に構えた考え方」という意味だ。バルヴェク氏は「パンデミックに関して政府が講じる全ての規制措置の全廃と、メルケル政権の退陣」を要求し、全国で抗議デモを組織している。

わざとマスクを着けずにデモに参加

 ドイツでは今年5月以来、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、商店や公共交通機関、レストランの通路などでマスクを着けることや、他の人から1.5メートルの距離を取ることが義務付けられている。デモや集会でも同様だ。

 ベルリン警察は、「過去の例から、参加者がマスク着用などの義務を守らない可能性が強い」として、このデモを禁止しようとした。だが「クヴェアデンケン711」は「集会の自由を制限する不当な決定」としてベルリン行政裁判所に提訴。裁判所は「主催者がマスク着用や1.5メートルの距離という条件を参加者に守らせるならば、デモは適法だ」として、警察の禁止措置を無効にしていた。

 参加者たちはフリードリヒシュトラーセ駅付近に集合し、ブランデンブルク門方面へ歩き始めた。多くの参加者はプラカードに、マスク着用義務を批判するメッセージや、厳しい感染防止対策を重視するメルケル首相や、シャリテ医科大学病院のウイルス学者クリスティアン・ドロステン教授を批判するメッセージを書き込んでいた。ベルリンの中心部を東西に貫く、全長3580メートルの「6月17日通り」は、行進する市民たちで立錐(りっすい)の余地もないほどだった。

 ほとんどの参加者はメルケル政権のコロナ対策に抗議するために、あえてマスクを着けず、1.5メートルの最低距離も取らなかった。彼らはわざと規則に違反したのだ。

 このため警察は「多くの参加者が規則を守っていない」としてデモを中止させようとした。だがベルリン警察が投入した警察官の数は、約3000人。いわば多勢に無勢であり、警察はデモ隊を直ちに解散させることはできなかった。

ネオナチが議事堂突入を試みた

 午後になって、警察が予期していなかった事態が起きた。連邦議会議事堂の前に集まっていた約500人の群衆が突然、防護柵を乗り越えて、議事堂の正面入り口に向けて走り出したのだ。彼らは議事堂に乱入しようとした。しかし入り口で警備していた3人の警察官が暴徒を押し返し、かろうじて建物への乱入を防いだ。群衆は議事堂の前で黒・白・赤の旗を掲げて、入り口前の階段でたむろし続けていたが、やがて到着した応援の警察官たちによって解散させられた。

 この映像を見たドイツの政治家たちは、強い衝撃を受けた。議事堂乱入を試みたのは、ネオナチなどの右派勢力だったからだ。そのことを示すのが、彼らが掲げていた黒・白・赤の旗である。この旗は、1871年から1919年までドイツ帝国(プロイセン国王を皇帝とする帝政ドイツ)の国旗として使われたもので、「ライヒスフラッゲ(帝国旗)」と呼ばれる。ナチスも1933年から2年間にわたり、この旗に鉄十字章を配した「帝国戦争旗」を一時的に使ったことがある。

 また第2次世界大戦中にナチスドイツが、戦功を上げた兵士に授与した鉄十字章のリボンにも、この3つの色が使われていた。大戦初期、国防軍兵士の鉄兜(てつかぶと)にもこの色のワッペンが貼られていた。つまり黒・白・赤の旗は帝政ドイツだけではなく、ナチス時代のドイツの影をも引きずっている。