ドイツ政府は今年7月、ゲパルト対空戦車30両と自走重榴(りゅう)弾砲PzH2000を100両ウクライナに供与すると決定し、ゲパルトを15両、PzH2000を15両、実際にウクライナに送っている。ゲパルトは35ミリ対空機関砲を2門、PzH2000は155ミリ榴弾砲を搭載している。

ドイツはウクライナ政府にこれまでゲパルト対空戦車15両を供与した(写真は旧東ドイツの軍事博物館に展示されているゲパルト、筆者撮影)
ドイツはウクライナ政府にこれまでゲパルト対空戦車15両を供与した(写真は旧東ドイツの軍事博物館に展示されているゲパルト、筆者撮影)

 それなのに、なぜウクライナ政府は「戦闘戦車」や「装甲兵員輸送車」の供与を求めているのだろうか。その理由は、ウクライナ政府がドンバス地域やクリミア半島を奪回し、ロシア軍を自国領土から完全に駆逐するには、対空戦車や自走重榴弾砲だけでは不十分であり、大量の戦闘戦車と装甲兵員輸送車が不可欠だと考えているからだ。

 戦闘戦車(Main Battle Tank=MBT)は、360度旋回する砲塔を持ち、敵国の戦車との砲撃戦を展開できる。運動性が高く長距離を走ることができるので、敵軍を包囲したり、領土から駆逐したりするための機動戦に欠かせない。120ミリ砲を搭載したドイツ製のレオパルト2A、米国製エイブラムス2、英国製チャレンジャー2、フランス製のルクレールなどが、欧米の主なMBTの例だ。イスラエルではメルカバ、日本では10式戦車がこれに当たる。

 これに対し対空戦車は、敵の戦闘機や爆撃機を迎撃するなどの、対空戦闘が主な任務である。また自走重榴弾砲は、30km以上離れた場所から敵軍の陣地などを砲撃するのには向いているが、重量が大きいので機動戦には不向きだ。ゲパルトはいわば、対空機関砲を戦車の車台に載せたもの、PzH2000は大口径の榴弾砲にキャタピラーを履かせたものと考えてよい。つまり敵軍を自国領土から駆逐するための機動戦の主役にはなり得ない。

 さらに第2次世界大戦や第1次湾岸戦争、イラク戦争は、敵軍を制圧したり領土を奪回したりするには、空軍による爆撃や長距離ミサイルによる攻撃だけでは不十分であり、戦闘戦車を駆使して地上部隊が敵地深く侵入する必要があることを示した。戦車が実戦に初めて投入されたのは、第1次世界大戦中に英国がマーク1を投入した1916年。それから106年経過したが、戦闘戦車はまだ実用性を失ってはいない。

 ウクライナは平地が多いため、戦闘戦車の進撃に向いている。第2次世界大戦中には、ウクライナをはじめとするソ連(当時)南部地域で、ドイツ軍とソ連軍が世界最大規模の戦車戦を展開した。1943年に独ソ両軍が激突したクルスク(現在のロシア南部)の戦車戦は、その一例だ。ソ連軍が当時、ドイツ軍を領土から駆逐するのに成功したのは、中戦車T34や重戦車IS2を中心とする大量の戦闘戦車を投入し、数で劣るドイツ軍の戦車部隊を圧倒したからである。

 だが戦闘戦車だけで、敵を領土から撤退させることはできない。敵の手から領土を奪回し、残存している敵兵の掃討作戦を行うには、歩兵を戦闘戦車とともに行動させることが不可欠だ。第2次世界大戦中のソ連軍は歩兵たちをT34などにまたがらせて進撃させ、ドイツ軍を領土から撃退した。今日では、装甲兵員輸送車を戦闘戦車に随伴させて、歩兵を敵の占領地に送り込む。これが、ゼレンスキー大統領が戦闘戦車と装甲兵員輸送車の供与を西側に求めている理由だ。

 ロシアは現在、ウクライナの領土の約20%を占領している。ゼレンスキー大統領は、ドンバス地域とクリミア半島を含めたウクライナ領土からロシア軍を撤退させるまで、和平・停戦交渉に応じないという態度を打ち出している。つまりウクライナ戦争を終結させるための第一歩は、ウクライナ軍が大量の戦闘戦車と装甲兵員輸送車を駆使して、ロシア軍をウクライナ国境の外に追い出すことだ。

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