2012年に起きたスカボロー礁での比中両国の対峙の後、アキノ政権はASEAN(東南アジア諸国連合)の場で巻き返しを試みたが、逆にASEANの外相声明が発出できない事態に陥った。スカボロー礁をめぐっては、同盟国である米国による仲介を求めてフィリピン船が引いた一方、中国船はそのまま残り、事実上の支配を許容する事態となった。二国間外交、ASEAN外交、同盟国による支援、いずれも行き詰った後、アキノ政権は仲裁裁判所への提訴に踏み切った。それ以降、検疫強化によってフィリピン産のバナナの対中輸出が事実上停止するなど、対中関係は冷却化した。
2016年に発足したドゥテルテ政権は、アキノ政権の外交路線を踏襲せず、むしろ対中接近に走った。その結果、冒頭でまとめたような首脳間交流の拡大、大型の経済案件が取りまとめられるなどしてきたことは各種報道の通りである。
マクロ経済の安定が強化した中国からの投資
ただし、このようにように揺れ動く比中外交関係とは別に、中国からフィリピンへの投資は増え続けてきた。比中経済関係を詳細に調査したアルヴィン・カンバの調査によれば、アロヨ政権期の中国(香港を含む)からフィリピンへの投資総額は8億2800万ドル、他方アキノ政権期のそれは12億ドルに上るという(Alvin Camba “Myth-Busting Chinese FDI in the Philippines)。この背景として、アキノ政権期に進んだ統治改革によってフィリピンの投資環境が改善したことが指摘されている。政府間が対立する一方、利益を求める小規模な投資家たちは大挙してフィリピンに投資したことになる。実際、アキノ政権はアジアインフラ投資銀行への参加を決めるなど、経済面では必ずしも中国と対峙しようとしていたわけではない。
ドゥテルテ政権について、外交面での変化が強調されるが、社会政策や経済政策に関しては変化よりも継続が基調となっている。そうした中、中国からの投資は着実に増加しており、同じくカンバによれば、2016年から2018年3月までで既に10億4000万ドルになるという。
市場取引によって結びついてきた東アジア地域
東アジアでは海外直接投資とそれによる企業間貿易が加速し、それが事実上の統合を進めてきたといわれる。アキノ政権下の比中経済関係の接近は、こうした東アジア型の地域統合の典型と言えるだろう。1980年代、日米貿易摩擦の中、一部の東南アジア諸国は政治的安定と経済特区整備などを進めて日本からの直接投資を受け入れた。その結果、東アジアは一つの地域として結びつくようになった。
トランプ政権下で続く米中貿易戦争においては、技術覇権をめぐって二つの陣営に分かれるように見える。他方、民間投資を受け入れるか否かは各国政府の経済政策運営にかかっている。米中貿易戦争が長期化の様相を呈する中で、南シナ海で中国と対立するベトナムに中国からの投資が流れ込んでいるのは既に旧聞に属するたぐいの話になりつつある。政治的対立とは異なる位相で進む地域経済の構造変化についても十分に注意を払いたい。
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