安倍晋三首相に代わって、菅義偉氏が首相に就任した。キヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之氏は、菅首相が対峙する国際社会は「マルチラテラルを基本とし、対話で物事を決める社会」に移行するととらえる。そんな国際社会において「令和おじさんの異名を持つ菅首相には、『和』を軸に外交を展開してほしい」(瀬口氏)という。
(聞き手:森 永輔)

安倍晋三首相に代わって、菅義偉氏が首相に就任しました。
瀬口:かつて、ある著名な方の紹介で、菅氏に中国経済の動向についてご説明する機会がありました。「仕事人」という印象を強く受けました。
菅氏は「令和おじさん」の愛称で呼ばれています。平成の次の年号が「令和」に決まった際、官房長官として発表したからですね。そして、令和になって初めて就任する首相でもあります。なので、文字通り「和」の政治を実現していただきたいと思います。「初春の令月にして、気淑(よ)く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす」という出典にあるように、「気は清く風が和らぐ」ような、国民一人ひとりが清く和らいだ気持ちで暮らせる社会を創っていただくことを期待しています。

菅首相が直面する国際社会はこれまでとは異なる、マルチラテラル(多国間)で対話重視の世界に移行すると見ています。これまでは、例えばドナルド・トランプ米大統領のような影響力の強いリーダーが「アメリカ・ファースト」という自国優先主義のスローガンを掲げ、バイラテラル(2国間)で事を進める世界でした。これが、日本のリーダーが安倍氏から菅氏に代わり、米大統領がトランプ氏から次の大統領に代わる中で徐々に変化していくと思います。11月の米大統領選でトランプ氏が勝利しても、4年後には潮目が変わるでしょう。
米国もしくは中国の意向だけで、世界の動向が決まることはありません。日本や欧州も重要な意思決定に関与し、マルチラテラル(多国間)な対話の中で、世界が進むべき方向を考えていくことになる。
みんなちがって、みんないい
そのとき、菅政権が大事にすべきは何ですか。
瀬口:多国間の合意形成が難しくなり秩序形成が不安定化している世界に対して、「和」を軸に、世界の相互理解と相互尊重に基づく相互協力の実現に向けて働きかける姿勢だと思います。
意見の違いがあるとき、欧米は一定の基準やルールを定めて、異なる意見を強制的に調和させ、一つの枠組みの中に押し込めようとします。中国も同様の傾向があると思います。もちろん、その過程が民主主義なのか、共産党による独裁なのかの違いはありますが、異なる意見をそのままでは認めず、ある程度強制して全体に調和させるという意味では変わりません。これに対して日本は、互いの違いを認め尊重し合うことで、強制的な手段を用いずに「和」を形成する伝統があります。詩人の金子みすゞさんが「みんなちがって、みんないい」と表現した理念ですね。
人類の歴史を振り返ると、私たちは違いや対立を武力で解決してきました。第2次世界大戦は記憶に新しいところです。しかし、もう時代は変わりました。核兵器が登場し、本格的な戦争はできません。いまや世界中の国々が貿易・投資・金融面で緊密に結びつくグローバル化経済の時代になっており、経済を舞台とする戦争は共倒れになることが明白です。輸入関税を高めれば自国の経済が傷むのは、既に米国トランプ政権が証明しています。
よって、これまでとは異なる問題解決法が求められる。その選択肢の1つが、私たち日本人が培ってきた「和」の精神を基とする協調だと思います(関連記事「米中にはもう頼れない、日本は『モラルインフルエンサー』を目指せ」)。
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