この「競争的共存関係」という位置づけは、日中関係の、日本から見た特質をよく捉えている。日本は「中国とは違う」という認識が、日本の重要なアイデンティティーを形成してきたからだ。この中国と競い合う意識は江戸時代に固まり、今日まで続いている。とはいえ、隣に位置する大国・中国とは共存するしかない。地政学の視点に立って日本が本能的に下した判断は正しい。

 中国は習近平(シー・ジンピン)政権となり、米国主導の国際秩序に果敢に挑戦し、中国の理念と価値観を整備し、自国主導の国際秩序の形成を目指すようになった。既存の国際秩序を守り、普遍的価値を支持する日本との間でも「競争」の側面が強くなっている。とりわけ中国の不透明な軍事力の増強と、力を背景とした現状変更の動きは、米国だけではなく日本との間でも、競争を超えて対立と衝突を招きかねない。

 しかし、だからといって中国と敵対関係に入り、中国との共存を放棄すれば、東アジアひいては世界の平和と持続的経済成長は難しくなる。こういうときこそ、中国との関係において共存と協力の側面を強調する必要が高まる。

 さらに言えば、核兵器や地球温暖化など、地球そのものを破壊し、人類全体の生存を危うくする力を人類が身につけてしまった以上、協力は国際社会を貫く主旋律にならざるを得ない。米国のバイデン大統領が米中関係を競争と協力の関係と捉え、競争が対立に転化しないようにしているのも、同じ理由による。

改革開放を支援し、「共存」にかじを切らせよ

 中国にとっても、共存が欠かせない。中国の改革開放政策は、経済のグローバル化とWTO(世界貿易機関)に代表される自由貿易体制、それを支える戦後世界政治秩序のおかげで成功し、奇跡の経済発展となった。中国は世界の大国に変身した。これと同時に、改革開放政策の成功は、中国を現在の国際システムにしっかりと組み込む作用を果たした。

 世界の政治・経済システムに組み込まれた中国は、平和で安定した国際環境がなければ、経済発展を持続させることができない。現行システムに不満があっても、既存のものを破壊し、新しいものを構築する力は中国にはない。現行システムを修正し補強するしか、残された道はないのだ。

 中国は今、国粋主義的ナショナリズムに突き動かされて対外強硬姿勢を強め、「戦狼外交」を展開する。国際協力を難しくし、自分自身を袋小路に追い込んでいる。この姿勢をすぐにでも軌道修正すべきだ。誰のためでもない、自国のためだ。習近平が2012年以来進める対外強硬路線を、国際社会との協調の方向に引き戻す唯一の力となるのが、この改革開放政策の存在だ。この点について、折にふれ想起する必要がある。

 わが国は、改革開放政策を支援することを対中政策の柱の1つとしてきた。1979年に対中ODA(政府開発援助)を始めたのも、1989年の天安門事件後に対中経済協力を再開したのも、そのためであった。天安門事件は、何よりも中国の改革開放政策に対する大きな打撃であった。中国を文化大革命の時代へ逆戻りさせる流れも強めた。それを阻止し、中国と国際社会との一体化を進め、名実ともに国際社会の責任ある一員とすることが、改革開放政策支援に込められた日本外交の目的であった。

 1991年、首相だった海部俊樹が天安門事件後、主要7カ国(G7)の首脳として初めて訪中した。そのとき日本の要請に応じ、中国はNPT(核不拡散条約)に参加した。中国のWTO加盟においても、日本は旗振り役を積極的に演じた。いずれも責任ある一員として中国を国際社会に組み込むためであった。

 「中国の改革開放政策を支援する」という基本政策は、今日においても有効な政策だ。中国に「責任ある大国」として振る舞わせることが今日の課題である。

「中国は変わる」という想定に立つべし

 中国は、大きく変わった。経済発展が社会を変え、何よりも国民のものの考え方を大きく変えた。戦後、日本の高度経済成長を経験した筆者の世代は、あの時代の日本の急激な変化に戸惑ったものだ。現在の中国は、それをはるかに上回るスピードで変化し続けている。しかも、その期間は日本より長い。中国社会には驚天動地の変化が起こっているのだ。