日本と中国は1972年の日中国交正常化以来、「一つの中国」の境界線をめぐってせめぎ合いを続けてきた(写真:AP/アフロ)
日本と中国は1972年の日中国交正常化以来、「一つの中国」の境界線をめぐってせめぎ合いを続けてきた(写真:AP/アフロ)

 前稿で説明したように、台湾海峡をめぐる安全保障情勢は緊迫している。実際に軍事衝突が起こるかどうかは、中国が武力の使用に踏み切るかどうかにかかっている。米国は、同盟国などと連携して、軍事バランスの回復に努めるであろうが、一定の時間がかかる。この地域に限れば軍事的に中国の方が有利な状況は続く。中国が軍事力を使う可能性は高まったという判断には一定の根拠がある。

 しかし、中国の多々ある台湾解放シナリオにおいて、米軍との衝突の可能性を100パーセント排除できるものはない。いわゆる第1列島線を越えれば、米軍が制海権、制空権をともに持つ。米軍が台湾そのものに、万が一、手を出さなかったにしても、シーレーンをかく乱するなど、中国経済に打撃を与えることは容易にできる。

 中国が台湾を攻撃すれば、世界経済に大打撃を与え、結局、中国経済も大きな打撃を被るし、中国社会を不安定化させかねない。国際社会の対中認識をさらに悪化し、人類社会の尊敬される指導的大国となりたいという願望の実現は遠のくのだ。

 すなわち軍事的に勝利する可能性が高まったといっても、中国が自動的に軍事オプションを選択することにはならない。中国の武力行使には、それを行うために必要にして十分な「大義名分」が必要なのだ。「大義名分」がなければ、中国共産党の党員だけではなく、中国国民さえも納得しない。台湾に住む人たちも中国人(漢民族)であり、同じ中国人の生命、財産を奪うには、国民が納得する理由がなければならない。しかも台湾を攻めた結果、経済が打撃を受け、自分たちの生活が苦しくなれば、言いたいことは山ほど出てくる。指導者が決めれば国民はついてくるということにはならないのだ。

中国は武力行使の大義名分を「反国家分裂法」で定義

 そこで中国は胡錦濤(フー・ジンタオ)時代の2005年、「反国家分裂法」を制定し、どういう条件下で、中国は軍事力を使って台湾独立を阻止するかを定めた。同法第8条は、次のように規定している。

 「台湾独立」分裂勢力が①いかなる名目、いかなる方式であれ台湾を中国から切り離す事実をつくり、②台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生し、または③平和統一の可能性が完全に失われたとき、国は非平和的方式その他必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる。

 「非平和的方式」を使える条件は、「または」でつながれているので、法律的には①から③の、いずれかの条件が満たされたと認定すれば、発動できる。

 中国の学者たちが最近、台湾が「法的な独立(de jure independence)」に至らなければ武力の行使はないと解説しているのは、この反国家分裂法の条件を満たさなければ、軍事力を使うことはないという意味であろう。中国で法律うんぬんといっても、実際に何の意味があるのかという意見もあろうが、少なくとも共産党内で議論の対立がある場合、法律や手続きなどの違反が、相手の非を責めるのによく使われる。いくら習近平(シー・ジンピン)に権力が集中しても、台湾問題のような超弩級(どきゅう)の重要問題において国論が分かれる可能性は高い。党内議論において法律論は、決して容易に無視できるものではないのだ。

 これらの条件が満たされれば、「大義名分」も通る、というのが彼らの判断だ。例えば台湾が国民投票を行い、憲法を改正し、「台湾共和国」となれば、明確にこの法律に反する。しかし、台湾側の具体的な行動が「法的な独立」に当たるかどうか実際に判断するのは決して容易なことではない。やはり、台湾は独立しようとしていると多数が納得できる具体的材料がなければ、この結論に持っていくことは難しい。逆に言えば、台湾海峡の危機を回避するカギは、中国に、この「大義名分」を与えないことにある。

日米同盟と日中共同声明のはざまにある日本

 中国は、対外関係においても「一つの中国」の原則を堅持してきた。しかし具体的に明確な線引きがあるわけではない。

 日本と中国は、1972年の日中国交正常化以来、その境界線をめぐって、せめぎ合いを続けてきた。事件が起こるごとに、この原則をより広く、より徹底して適用しようとする中国と、より狭い範囲に限定しようとする日本とが、厳しい交渉を行ってきたのだ。1972年の日中共同声明において、日本側が「台湾は中国の不可分の一部」という中国の立場を「承認」するのではなく、「十分理解し、尊重」するという表現にこだわったところに原因がある。

 1972年の米中上海コミュニケにおいて、米国政府は「中国は一つであり、台湾は中国の一部であるという中国の立場をアクノレッジ(acknowledge)」した。この「アクノレッジ」は中国語では「承認」と訳されている。これに対して、栗山尚一元外務次官は、その著作『戦後日本外交』(岩波現代全書)において、米国政府は「中国の主張を事実としては認めても、主張の内容を受け入れたものではない」という趣旨の回答をしてきたと記している。日本政府が1972年、米政府に照会したのに対する回答だ。

 ここに米中の間の基本的な認識の違いが露呈している。この「アクノレッジ」を意識して日本は「十分理解し尊重する」という表現を使った。日中の間にも、米中と同様の認識の違いがあり、それ故に個々の事案において「厳しい交渉」を迫られてきたのだ。

続きを読む 2/3 安保法制は、米国を自動的に支援するもの

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