1996年の台湾総統選を戦う李登輝(写真:AP/アフロ)
1996年の台湾総統選を戦う李登輝(写真:AP/アフロ)

 台湾問題をめぐる議論が熱を帯びている。台湾情勢が、ますます緊迫化しているからだ。だが全体像をしっかりつかまないと局所対応も間違う。

 台湾情勢の緊迫化は、いくつかの根本的変化の結果だ。それらの変化は相互に絡み合い、加重し合っている。変化の根幹に台湾内部の情勢の変化と中国の国力の増大がある。それに米国、そして日本というプレーヤーが加わり、事態はさらに複雑化し、国際化する。これらを含めた全体像を明確に認識しておく必要がある。

民主化により、一つの中国を拒否する勢力が台湾の政権に

 第1の根本的変化は、台湾自身の変化であり、これが中台関係に本質的変化をもたらした。

 よく知られた話なので多くは触れないが、それは李登輝という人物が、台湾を抜本的に変えたからだ。李登輝は、国民党による一党支配の政治体制と、国民党は全中国を代表するという神話に基づく蒋介石・蒋経国時代の台湾のあり方を、政治的民主化と、政治権力の本土化を通じて変えた。

 筆者は、1970年から2年間、台湾で中国語の勉強をした。そのころの台湾は秘密警察がばっこし、政治的自由は全くなかった。蒋介石は「反攻大陸」を叫び、いずれ中国大陸に戻ると言い続けていた。李登輝の登場は、皮肉なことに中台双方がそれまで共有していた、「中国は一つでなければならない」という信念ないし大前提を突き崩してしまったのだ。

 1982年に鄧小平が「一国二制度」による台湾問題の解決を打ち出した。当然のことながら、一つの中国を大前提としている。

 この大前提をどうにか維持しようと、1992年に国民党と共産党の代表が「一つの中国」を前提にして到達した「暗黙の合意」的なものがあった。これが「92年コンセンサス」と呼ばれるものだが、「コンセンサス」の中身について双方が公式に合意したことは一度もない 。

 2000年、ついに独立志向の強い民進党の陳水扁が総統に選出された。国民党は、民進党が「一つの中国」から逸脱し、中国との関係が抜き差しならないものになることを恐れて、2000年になって、「92年コンセンサス」をあえて表に出した。当然、陳水扁は同意せず、米国は陳水扁政権が台湾独立に向かうことを必死になって止めた。

 2008年に成立した国民党の馬英九政権は、その曖昧な「92年コンセンサス」を支持する姿勢をとることにより、中国との関係を大きく改善させた。ところが2016年、民進党の蔡英文が総統に就任し、「92年コンセンサス」の受け入れを拒否した。馬英九時代に中国が行った経済的アメなどを使った台湾取り込みは成功しなかったのだ。「一国二制度」「92年コンセンサス」、その大前提である「一つの中国」という枠組み自体が大きく動揺している。

続きを読む 2/4 中国の軍事力強化が統一の現実味を高める

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