日中関係が難しい中、安倍首相は関係改善を基調とする外交方針を堅持した(写真:ロイター/アフロ)
日中関係が難しい中、安倍首相は関係改善を基調とする外交方針を堅持した(写真:ロイター/アフロ)

 安倍晋三首相の辞任表明は、やはり驚きであった。

 2012年12月、第2次安倍政権が誕生したときから、体調に“時限爆弾”を抱えていると言われてきた。それでも19年11月に、通算の在職日数が桂太郎首相(当時)を抜き憲政史上最長となり、今月、連続在職日数でも大叔父の佐藤栄作首相(同)の記録を塗り替えた。このこと自体、大変なことであり、長く記憶にとどめられることだろう。桂太郎、佐藤栄作、安倍晋三、ともに山口県(長州)出身であり、これも歴史を感じる。

 安倍外交を見ていて思うのは、やはり外交は安倍首相の得意分野であったということだ。1つは首脳同士の人間関係構築のうまさである。辞任に当たり世界の多くの指導者から好意的なコメントが出されていることも、このことと無縁ではあるまい。

 2つ目に、実際の折衝も上手だったことだ。先進国首脳会議(G7)の場で、安倍首相が機転を利かせて妥協案を考え出し、ドナルド・トランプ米大統領にてこずっていたアンゲラ・メルケル独首相を窮地から救い、とても感謝されたという話を聞いたことがある。

 さらに安倍首相の国内基盤の強さが、外交上の約束を実際の行動で果たすことを可能にした点も無視できない。言ったことを実現する指導者は重視され、尊敬される。外交において、強い国内基盤を持つ長期政権は決して悪いことではないのだ。

 もう1つ、安倍首相には外交戦略を構築できるセンスの良さがある。もちろん個人的には見解を異にする具体的対応もいくつかあるが、総じてセンスは良い。

 2006年、第1次安倍政権の最初の外国訪問先として中国を選び、日中関係の「氷」を割る旅を演出した。2001年に小泉内閣が登場して以来このときまで、首相の靖国参拝により日中関係は悪化を続けていた。中国との関係が悪化したままであれば、日本の国際社会での活動も、アジア外交も袋小路に入る。安倍首相の訪中は、それを打破し、日本外交の転換を可能とした大きな戦略的動きであった。

関係改善と過ちの指摘は矛盾しない

 12年の第2次安倍政権の発足は、中国では習近平(シー・ジンピン)政権の登場と軌を一にする。10年及び12年の尖閣諸島をめぐる日中の衝突により、日中関係は急速に悪化していた。にもかかわらず安倍政権は、その後一貫して中国との関係改善を基調とする外交方針を堅持してきた。このことは戦略として正しい。

 この時期、中国は対外強硬姿勢に明確にかじを切っており、日本として当然看過できない動きを見せてきた。安倍政権は、南シナ海における人工島建設、国際仲裁裁判所の裁定無視、中国海軍の活動の拡大などに対し、日本として明確な意思を表示し、行動した。その仕上げともいうべきものが、16年に打ち出した「自由で開かれたインド太平洋戦略」であった。

 関係改善を基調とする外交方針を堅持することと、日本が問題と考える行動に対し発言し行動することとは矛盾しない。むしろ対話の幅を広げ、意見交換の中身を深めることにより、お互いに対する誤解を軽減し、不必要な間違いを犯さないようにすることができる、実にスマートな外交なのだ。このような外交により、お互いに行動を修正し合い、あるべき世界像を議論し、世界とアジアのための協力を拡大することは、お互いの明確な国益でもある。今後の日中関係も、基本的にはこのパターンとなるであろう。

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