
安倍晋三首相が突然に辞意を表明した直後から、早くも「安倍外交」を回顧し評価する記事が流れ始めた。いずれも急きょ書かれた原稿なのだろう、これらはおおむね、安倍政権の外交を次のように総括している。「強固な日米同盟」「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」「積極的平和主義」を掲げ活発な首脳外交を展開し、「悪化した日米関係を立て直し、同盟を深化させたが、ロシアや北朝鮮など近隣諸国との懸案の解決は進まず、課題が残った」
安全保障面では、「2015年9月に憲法解釈を変更し集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法を成立させ、自衛隊の海外活動を拡大させるなど、防衛面での米国との一体化は進んだ」とし、さらに「16年5月にはバラク・オバマ米大統領(当時)の広島訪問を実現、ドナルド・トランプ大統領とは『蜜月』関係を構築し、G7首脳会議などでトランプ氏と各国との『橋渡し役』も担った」などと書かれている。何のことはない、これこそ「付け焼き刃」的考察の典型だろう。
安倍外交の歴史的評価は後世の歴史家の仕事だ。東西冷戦終了後の東アジア現代史の焦点は中国の台頭である。過去8年間の日本外交をいかに位置付けるべきか。それは今後数十年間、政治、経済、軍事各分野の専門家が研究すべき知的課題だろう。少なくとも、自民党総裁選を予想する片手間にやれる仕事ではない。されど今回、筆者はあえて20年後の未来を予測しつつ、その不可能な分析・評価に挑戦してみたい。
「戦後外交の総決算」とは何か
安倍氏が掲げる「戦後外交の総決算」は、中曽根康弘元総理の「戦後政治の総決算」や安倍政権が1期目に打ち出した「戦後レジームの総決算」とよく比較される。学者の中には、安倍外交の最終目標が日米安保体制からの脱却、「マッカーサー憲法」の否定、すなわち戦後レジームを覆すことだと見る向きもある。しかし、このような思い込みに執着する限り、15年8月に出した戦後70年総理大臣談話の内容を説明することはできない。
この談話には安倍首相の大局観が凝縮されている。「歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならない」「(西洋諸国による)植民地支配」への「危機感を原動力として日本は近代化」し、「アジアで初の立憲国家」となり、「日露戦争における勝利がアジアやアフリカの人々を勇気づけた」としつつも、「先の大戦における行い」については「痛切な反省」と「心からのおわびの気持ち」を表明、「歴代内閣の立場は今後も揺るぎない」とした。
同談話に関しては、「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会(21世紀構想懇談会)」が設置され、様々な立場から議論された。筆者を含む16人の委員の中には「日本が侵略したと絶対に認めてはならない」と強く主張する向きもあったほど、保守層の一部には強い反対論もあった。あのようなバランスの取れた談話は安倍首相でなければとうてい作ることができなかっただろう。
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