アフガン首都空港付近で自爆テロ。ISが犯行声明(写真:The New York Times/Redux/アフロ)
アフガン首都空港付近で自爆テロ。ISが犯行声明(写真:The New York Times/Redux/アフロ)

 アフガニスタン情勢が急展開した。アフガニスタンに駐留する米軍・NATO(北大西洋条約機構)軍が同国から撤退を開始すると、イスラム主義組織ターリバーン(以下、タリバン)が攻勢をしかけ、あっという間に首都カーブル(以下、カブール)を包囲。アシュラフ・ガニー(以下、ガニ)大統領は国外に脱出し、政権は瓦解した。

 米軍のアフガニスタンからの撤退について、米国とタリバンはトランプ大統領時代の2020年2月に合意していた。すったもんだの末、その合意は履行されなかった。しかし、ジョー・バイデン大統領が2021年4月、9月11日までに駐留米軍を撤退させると発表。こちらはすんなりと進み始め、NATO軍もほぼ同時に撤退を開始した。そして、その結果がタリバンの一方的勝利である。

 アフガニスタン情勢をフォローしている人たちの大半は、米軍が撤退すれば、こうなると予想していた。とはいえ、ほとんどの専門家がこんなに早く政権が崩壊するとは思わなかったであろう。

アルカイダが約束破って米国を攻撃しても続く固い絆

 アフガニスタン政府がなぜほとんど抵抗もせずに瓦解したのかについては、アフガニスタンの専門家に任せるとして、ここでは、きたるべきタリバン政権(あるいはタリバンを中心とする連立政権)がこれまで明らかにしてきた公約をどの程度守ってくれるか、中でも、国際社会の関心が高い、国際テロ組織アルカイダなどテロ組織との関係に焦点を当てて考えてみたい。

 そもそもアルカイダは、1979年にアフガニスタンに侵攻したソ連軍を駆逐するため、アフガニスタンに参集した外国人義勇兵(いわゆるムジャーヒディーン)が母体になっている。1989年にソ連軍が尾羽打ち枯らしてアフガニスタンから撤退すると、彼らはアルカイダを結成。新たなジハードの場を求めて世界各地に散っていったが、1996年に再びアフガニスタンに舞い戻ってきた。そのときアフガニスタンのほぼ全域を統治していたのがタリバンであった。

 アルカイダは客人としてタリバンに受け入れられ、やがて当時のタリバンの指導者「信徒の統率者」ムッラー・ウマルに忠誠を誓い、タリバンの外国人戦闘員からなる一軍事部門となった。しかし、アフガニスタンで米国に対し宣戦布告し、それが2001年の9.11事件へとつながっていく。

 アルカイダは、アフガニスタンの地から他国を攻撃しないことを、主人であるタリバンと約束していたはずだ。だが、結果的にはそれを裏切るかたちになった。米国が9.11同時多発テロの実行犯であるアルカイダをかくまったとしてアフガニスタンを攻撃、タリバン政権を崩壊に導いたのである。

 アルカイダの行為は客人としての信義にもとるものだったが、その後もタリバンとアルカイダの関係は続いた。両者の関係は単なる客人、傘下の軍事部門という以上に強固なものであることがうかがえる。

続きを読む 2/3 曖昧な文言の米・タリバン合意文書

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