韓国マスコミの一部は、今回の決定が文在寅大統領の最側近の政治的スキャンダルを隠蔽するために行われたなどと報じているが、真偽のほどは分からない。さらに、韓国大統領府には外交・安全保障の専門家がおらず、青瓦台(大統領府)は専門家の真摯な提言に耳を貸さないとも報じられた。いずれにせよ、GSOMIAの重要性を語ることは、一つ間違えば「親日派」と批判される危険を伴うのだろう。「物言えば唇寒し」である。

 米国の対応も「too little, too late(少な過ぎ、遅過ぎ)」に近い。本件につきマイク・ポンペオ米国務長官は「今回の韓国の決定には失望した」と公言しているが、肝心のドナルド・トランプ米大統領自身はフランスG7(主要7カ国)サミット(首脳会議)に向けワシントンを出発する際、「韓国で何が起こるか見てみよう」としか述べていない。しかも驚くべきことに、同大統領は今回、GSOMIAに関し一切ツイートしていないのである。

 どうやら、トランプ氏はGSOMIA問題解決に必ずしも熱心ではなさそうだ。恐らく、この問題を解決しても大統領選挙の得票が伸びることは見込めないからだろう。米国務省や米国防総省の関係者たちは日韓の和解に向けて努力を重ねたに違いないが、大統領レベルで韓国に正しいメッセージを送ることには成功しなかったようだ。大統領に挑戦するような度胸のある外交・安保専門家は今のトランプ政権にはいないのだろう。

連鎖する「勢いと偶然と判断ミス」

 米韓の外交安保問題の専門家を批判することが本稿の目的ではない。心ある専門家であれば、韓国政府がGSOMIAの終了を決断しないよう、あらゆる努力を払ったに違いないからだ。問題は文在寅大統領の無理解でも、彼の安全保障担当補佐官の力量不足でもない。真の問題は、今や外交・安保の専門家の常識的な知見が重要な政策決定に反映されない「新たな不確実性の時代」が東アジアに到来したことである。

 5カ月前、筆者は英字紙のコラムで、「今我々は1930年代のような『勢いと偶然と判断ミス』が支配する不確実性の時代に回帰しつつある。ドナルド・トランプ、文在寅、金正恩(キム・ジョンウン)、習近平(シー・ジンピン)各氏は既に不可逆的に誤った諸政策を決定し始めている可能性があり、そうした状況は今後も当面続くだろう。これが日本が属する東アジア地域の実情なのだ」と書いた。筆者が考える同地域での直近の「勢いと偶然と判断ミス」の連鎖は次の通りだ。

 まず韓国の新大統領が、判断ミスにより、民族の誇りと独自性を回復するため、それまでの外交政策を変更する。続いて2018年3月、米国の大統領が、直観的勢いから、北朝鮮の若い独裁者と会談することを決断する。第3に、かかる米国大統領の決定を、韓国大統領が韓国新外交への強い支持と誤解してしまう。第4に、韓国大統領が国内支持率維持のため、米韓同盟を犠牲にしてでも、たまたま悪化していた日韓関係を政治利用する。

 第5に、日本は1965年日韓基本条約の空洞化という、偶然ながらも、ごく理性的な理由から、長年維持してきた韓国に対する忍耐を失い始める。最後に、米国大統領が、判断ミスにより、この微妙な日韓対立を事実上放置する。

 要するにトランプ政権は、日韓の対立がより重要な日米韓の同盟・準同盟関係に悪影響を及ぼさないために必要な、洗練された、水面下の、交渉のプロによる外交的働き掛けを事実上放棄したのである。

「直観的でなく熟慮と正確な判断」で対抗せよ

 7月に筆者は「韓国が安全保障貿易管理につき今後も態度を改めない場合、貿易以外の場、例えば金融や軍事などの分野で、さらなる厳しい措置を相互に取り合う可能性も否定できない」「残念ながら、現状のままでは、日韓関係は『行くところまで行く』可能性が最も高い」と書いた。今もこうした見立ては基本的に変わっていない。

 では我々は今何をすべきなのか。ポイントは2つある。

 第1に、残念ながら、日米韓の同盟・準同盟関係は既に傷付いている。「勢いと偶然と判断ミス」による政策決定が積み重なれば、とんでもない「新常態」が生まれる。そうなれば、政治指導者たちは新常態の下で再び「勢いと偶然と判断ミス」に基づく政策決定を繰り返すだろう。今こそ、各国の外交・安保の専門家は沈黙を破り、勇気を持って最高政策決定者に対し、常識的ながらも最も効果的な外交・安保政策を提言すべだろう。

 第2に、主要国の政治家が「勢いと偶然と判断ミス」による政治決断を繰り返す限り、個々の政治家の過ちをとがめたところで状況は元に戻らない。されば今後日本は、いかなる変化にも耐え得る、「直観的でなく熟慮と正確な判断」に基づいた政策の立案・実施のための新たな意思決定プロセスを作り上げ、来るべき「不確実性の時代」に備える必要がある。今回のGSOMIA事件は新時代の始まりを暗示していると見るべきだろう。

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