イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が8月13日 、米国政府の仲介で外交関係の樹立について合意した。これは、中東の政治構造再編を象徴する歴史的な出来事だ。アラブ諸国の重鎮サウジアラビアがこの合意について沈黙を守っているのは、アラブ世界に生じた困惑を象徴する。

2国家解決案をめぐる議論の焦点となっているエルサレム(筆者撮影)

 世界を驚かせた今回の合意の背景に、今年11月3日に予定される米国大統領選挙があることは否定できない。

 ドナルド・トランプ米大統領は、新型コロナウイルス感染のパンデミック(世界的流行)対策が遅れ、死者数が急増したことについて、厳しい批判にさらされている。同氏は米民主党のジョー・バイデン候補に対する劣勢をくつがえすべく、1つでも多くの「成果」を誇示する必要に迫られている。

 しかし今回の和平合意をトランプ陣営の選挙対策として一笑に付すべきではない。筆者はこの合意を、中東の深層で進んでいた地殻変動が原因で地表に噴き出てきたマグマと捉えている。今後、他のアラブ諸国にも、UAEに続く動きが生じる可能性がある。

湾岸諸国の一国が初めてイスラエルと国交樹立へ

 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と、UAEを代表してアブダビのムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン皇太子 が2020年末までに米ワシントンを訪れて、平和条約に調印する予定だ。

 両国の合意は旧約聖書とコーランの両方に言及し、3大一神教の祖とされるアブラハムにあやかって「アブラハム合意」と名付けられた。

 「アブラハム合意」は、中東の歴史を塗り替える新たな1ページとなる。湾岸諸国の一国がイスラエルと国交を結ぶのは初めて。アラブ諸国としては、エジプト(1979年)、ヨルダン(1994年)に次いで3カ国目だ。

 UAEのアンワー・ガルガシュ外務大臣は「この合意は、いま中東地域が最も必要としている現実主義の産物だ」と説明する。

 UAEは合意を決めた動機の1つとして、「イスラエルとパレスチナが2つの独立国家として並存する『2国家解決案(Two-state solution)』が、いま脅かされている。今回の合意の目的は、この脅威を取り除くことだ」と説明する。

 多くのアラブ諸国や欧州諸国は2国家解決案がパレスチナ問題解決のための最善の道と考えている。2国家解決案は、イスラエルが1967年の「六日間戦争」で占領した地域を返還し、パレスチナを完全な独立国家とすることによって、長年にわたるイスラエルとの紛争に終止符を打とうとする案だ。

 イスラエルのネタニヤフ政権は、2国家解決案に反対している。この案はユダヤ系イスラエル人による入植地の閉鎖や、エルサレムを西と東に分割する内容を含んでいるからだ。ネタニヤフ政権は、「エルサレムはイスラエルの首都」という立場を崩していない。

 UAEは、アブラハム合意の大きな成果として、「イスラエルが予定していたヨルダン川西岸地区の併合を一時的に凍結させる」点を強調する。

続きを読む 2/4 イスラエルの併合断念は、望み薄

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り4950文字 / 全文6858文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

オリジナル動画が見放題、ウェビナー参加し放題

日経ビジネス最新号、9年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「世界展望~プロの目」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。