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イランが英国籍のタンカーを拿捕(だほ)した案件が注目を集める。手前はイラン革命防衛隊の哨戒艇。この裏で、目に見えない諜報(ちょうほう)戦も激しさを増しているようだ(写真:AFP/アフロ)

 イランと米国の対立が激しさを増し、ペルシア湾における軍事衝突の危険性が高まるなか、米国の強硬姿勢に対しイラン側が反撃するかのような事件が起きた。イラン政府が7月22日、米中央情報局(CIA)がスパイとして使っていたイラン人17人を逮捕し、その一部に死刑を宣告したと発表したのである。イラン当局によれば、スパイたちは原子力や軍事などの分野で諜報活動に従事していたという。

 米国側は完全否定しているが、イラン側は、CIAの要員とされる人物の顔写真や書類を証拠として公開して、裏付けだと主張している。ペルシア湾情勢が緊張している現状を見る限り、正直なところ、イランのいうことを素直に信じることはできない。だが、かといって米国側の主張も信ぴょう性が高いわけではない。この種の事案で、実際にスパイ活動のために要員を派遣したり、現地の協力者を利用したりしていたとして、彼らがたとえ逮捕されても、当事国がそれを認めることは絶対にありえないからだ。スパイが逮捕されれば、往々にして、見殺しにする。もしくは、たまたま自分たちが相手方のスパイを確保していれば、それと交換することもあろう(もちろん、でっち上げも少なくないだろう)。

イラン核合意交渉のカードになった“スパイ”の逮捕、交換

 米国・イラン間ではスパイ逮捕の応酬がつづいている。イスラム革命以来、両国は国交を断絶したままなので、外交官や政府関係者がたがいの国で諜報活動をするのはむずかしい。したがって、この種の事件では、どちら側に雇われるにせよ、しばしば米国(あるいは西側諸国)・イランの二重国籍者や米国への永住権や在留許可を有するイラン人が関わってくる。とくにイラン系米国人が関与したとされるケースが目立つ。

 米国側のスパイとされる場合、里帰りなどでイランに帰ったり、ジャーナリストとしてイランに取材にいったところをイラン当局に逮捕されたりすることが多い。後者の例でいうと、米ワシントン・ポスト紙のテヘラン支局長だったジェーソン・レザイアンがそれに当たる。彼の父がイランから米国に移住し、彼は米国で生まれ育った米・イラン二重国籍だ。2014年に妻とともにイランで逮捕され、2015年に有罪判決を受けて、悪名高いエヴィーン刑務所に収監された。

 ただし、イラン当局が今回逮捕した17人は全員イラン国籍とされ、二重国籍者はいないとも報じられている。となると、レザイアンらのときに見られたような、イランに対する国際的な圧力はあまり大きくならない可能性もあろう。

 また、レザイアンのケースでは、興味深い展開があった。彼は収監された翌年の2016年1月、同様にイランで捕まっていたイラン系米国人複数名とともに釈放されたのである。そして、このとき米国も、米国がイランに科す制裁に違反した容疑で逮捕していたイラン人7人を釈放している(うち6人は米・イラン二重国籍)。まさに捕虜交換である。

 ここで重要なのは事件が起きた時期だ。2014年というと、イラン核疑惑をめぐってイランと国際社会の緊張が高まっていたときだ。そして、2015年10月、イランとP5+1(国連安保理の常任理事国5カ国とドイツ)のあいだで包括的共同作業計画(JCPOA)、いわゆるイラン核合意が結ばれている。つまり、レザイアンの逮捕や釈放は、イラン・米対立の副産物であり、交渉のバーゲニングチップにされた可能性が否定できないのだ。その意味でいうと、イラン、あるいは米国が、今後の展開を少しでも有利に進めるため、でっち上げも含め、両国間でスパイ逮捕合戦がますますエスカレートすることもありうる。