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お酒を熟成させるように空気をつくる

 そもそも中国共産党の意見集約は中国語で“個別醞醸(うんじょう)”と呼ぶやり方で行われる。これは民主主義国家のような透明性の高い議論を経て多数決で決めるというやり方とはまったく異なる。中国共産党も議論をし最後は多数決で決める形式をとるが、その前に“個別醞醸”をやらなければならない。これが中国共産党における組織運営の重要な原則なのだ。実に中国的なプラクティスであり、外からは分かりにくい。

 “醞醸”という言葉はお酒を熟成させるように、話し合いながら物事を決めていくことをいう。筆者の経験の範囲で言えば、霞が関の「根回し」、それも相当に丁寧な「根回し」に近い。しかも、あらゆる場合にこれをやらなければならないのだ。こういう「根回し」の過程で一種の「相場観」が出てくる。これが中国式「空気」になる。この相場観に従い、党の方針が決まる。公開の場での議論と多数決は、そこで決まったことのお披露目の儀式であり、中身の決定ではない。中身はその前の“個別醞醸”で決まるのだ。

四中全会が開かれない理由

 習近平政権となり、党の総書記への権限の集中が進んだ。党として習近平の考えをより一層「忖度(そんたく)」するようになった。それでも“個別醞醸”の組織原則は牢固(ろうこ)として残っている。逆に言えば、これは中国共産党の実践の中から出来上がった組織原則であり、簡単に変えることはできない。だから党規約にも書き込まれている。習近平も党内の「空気」に配慮する必要があるのだ。

 中国共産党内の「空気」は多くの人が集まる場において形成されやすい。従って、毎年3月に開かれる全国人民代表大会や、年1回開かれる共産党中央委員会全体会議も「空気」形成の場になる。とりわけ北戴河での要人の集まりは、党長老の意向がより強く反映される。この意味でさらに重要になるのだ。党長老の影響力の低下を指摘する向きもあるが、それでもまだ決して無視できるものではないことも、また事実だ。

 このように見てくると、基本的に年1回開かれなければならい中国共産党中央委員会全体会議(四中全会)が、昨年3月の三中全会以来、開かれていないのも“個別醞醸”がまだうまくいっていないからだと見るのが自然だろう。党としての方針を打ち出せるほど党内議論が熟成していないのだ。

 今年も長老たちはすでに北戴河に入っているはずだ。7月に入り中国指導者の地方視察が頻繁に報道された。30日には政治局会議も開かれた。党指導部として「内外の危険と挑戦がはっきりと増大している複雑な局面」にあるとの認識は共有されている。北戴河での集いへの準備は整った。

 経済問題と「党建設」問題についての政治局会議の決定内容も伝えられている。経済の下滑り懸念は強い。「党建設」、つまり党中央=習近平総書記の意向が末端まで届き、その通りに動く党組織を作る努力も大きな抵抗に遭遇している。政治局レベルでの「決定」は可能であっても、この2つの領域において一歩進んだ具体策を作ろうとすると、指導部においてもニュアンスの違いがすぐに表面化しかねない。指導部内で明確な意思統一がまだできていないのだ。

 さらに長期化する米中経済戦争があり、米中の覇権争いがある。米国に譲歩しすぎと見られても、米中関係の処理を間違えたと見られても、直ちに執行部批判となる。これに加えて、深刻化する香港情勢がある。これも実に厄介な問題になってしまった。

 これらについて北戴河で懸命に“醞醸”しようとしても結論が出ることはないだろう。今年の北戴河での集まりは、認識の共有ができれば上出来であろう。それに、どうしても決めなければならない重大な人事もない。そういう意味で、表面的には特にどうということなく、北戴河の夏を終えることとなるのではないだろうか。

 中国は10月1日には建国70周年を迎える。本来なら、中国共産党が待ち望んできた慶祝の一大イベントだ。内外ともに多くの問題を抱えながら習近平政権は、その日を迎える。2年前の第19回党大会の頃との光景の違いに、時代の移ろいの速さを覚えているのは私だけではあるまい。