塾の費用に月17万円も

 現在、中国国民が最も重視している4つの民政問題がある。教育、医療、住宅および老人(養老)だ。中でも、教育分野の出来事が最近、今回のテーマである中国における管理強化との関係で話題となっているので触れてみたい。それは学習塾(「校外培訓」)の問題である。

 この問題は、中国の経済発展とともに古くからある問題だ。豊かになると子供の教育にお金をかけたがるのが世の親の常だ。しかも中国には有名な「高考(普通高等学校招生全国統一考試) 」という全国統一の大学入学試験がある。これに受からないと大学に進めないし、良い成績でないと良い大学には入れない。しかも、この制度はかなり公正に運用されている。

 そこで子供を良い大学に入れようと幼稚園から受験勉強が始まる。学校だけでは勝てないというので学習塾がはやる。

 中国の市場は日本以上に資本主義的だ。競争があり、良い塾の費用は急上昇する。筆者の友人(中国人)は子供1人の塾の費用に月平均1万元(約17万円)払っていると言っていた。昨年5月、李克強(リー・クォーチャン)総理が「(中国には)6億人の中低所得かそれ以下の人々がおり、彼らの平均月収は千元前後だ」と語っていた。この格差は大きい。

 学習塾の中にはさらに、差別化と称して値段をつり上げたり、資格を詐称したり、生徒募集に脅迫まがいのことをするところも出てきている。

 親たちにとって、学習塾があると便利な面がある。午後3時に学校が終わっても、すぐに迎えに行けないとき、子供が学習塾に行っていれば安心だ。先生たちも、学校で教えるより塾で教えた方が収入が増える。ついつい学校がおざなりになり、塾に力が入ってしまう。

 当局は、管理を何度も強化しようとした。けれども、塾に対するニーズは増大する一方であり、管理のやり方いかんでは親たちの反感を買う。管理が中途半端な状態のまま、市場は過熱し、投資も急拡大した。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大がオンライン学習塾への熱を呼び起こし、混乱に拍車をかけた。

管理を強化しつつ、国民のニーズに応えられるか

 中国では日本以上に、教育が子供の将来を決めると思われている。ここに国民の不公平感や不満がたまると大きな社会不安の原因となる。しかも教育費の高騰が子供を持ちたがらない理由の1つに数えられるようになった。

 事態を放置できないというので、党中央は今年5月、「2つの軽減」に関する「意見」(「義務教育段階における生徒の学習負担および『校外培訓』(学習塾)負担の一層の軽減に関する意見」)を決定し、7月にその全容を明らかにした。「監督管理強化の時代」(人民日報)の幕開け宣言であった。

 しかも党中央の「意見」は、学習塾に対し、「非営利組織」として登記し直すよう統一的に求めた。これまで規制のなかったオンライン学習塾にも、認可制を導入すると決めた。市場からの資本調達を禁止し、国外の教材の使用を禁じた。英フィナンシャル・タイムズは7月29日付の社説 において「教育関連会社は利潤を出すことを禁止されるだろうとの発表は、千億ドルの民間教育市場をなくしてしまう脅威をもたらしている」と指摘。民間企業への抑圧がより広がっていることの一例に挙げている。

 ここに、今日の中国が直面する深刻な難問が待ち構えている。1つは、管理を強化しつつも、国民のニーズにいかに適切に応えるかという問題である。これは、中国の官僚機構が社会のニーズに効果的に対応できるのか、資源配分における市場の重要な役割を大きく損なうことなく管理を強化できるのか、という根本問題に直結している。

 もう1つは、民間企業への管理強化が民間企業を萎縮させ、彼らが最も効果を発揮してきた新しい産業の創造と雇用の創出を頓挫させないのか、という問題である。

 確かに、創造的破壊は無秩序と混乱をもたらす側面がある。ITやネットサービス産業、あるいは学習塾産業にこうした側面があったことは間違いない。けれども、それへの対応が「党と政府による直接管理」ということになると民間企業の良い面を壊しかねない。

 中国共産党は、党の官僚組織は別格であり、「直接管理を効率的にやれる」という自信を示している。しかし、この新しい分野、新しい段階において、中国共産党が真の実力を試されたことはまだない。これまでは世界中の先行事例を徹底的に研究し、中国に合ったやり方を考え出し、結果を出してきた。中国が先頭を走る産業、あるいは著しく中国的な市場において、参照できる先行事例はない。

 今、中国共産党の真価が問われているのである。

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3/14、4/5ウェビナー開催 「中国、技術覇権の行方」(全2回シリーズ)

 米中対立が深刻化する一方で、中国は先端技術の獲得にあくなき執念を燃やしています。日経ビジネスLIVEでは中国のEVと半導体の動向を深掘りするため、2人の専門家を講師に招いたウェビナーシリーズ「中国、技術覇権の行方」(全2回)を開催します。

 3月14日(火)19時からの第1回のテーマは、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」です。知財ランドスケープCEOの山内明氏が登壇し、「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」をテーマに講演いただきます。

 4月5日(水)19時からの第2回のテーマは、「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」です。講師は英調査会社英オムディア(インフォーマインテリジェンス)でシニアコンサルティングディレクターを務める南川明氏です。

 各ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。

■開催日:3月14日(火)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「特許分析であぶり出す中国EV勢の脅威」
■講師:知財ランドスケープCEO 山内明氏
■モデレーター:日経ビジネス記者 薬文江

■第2回開催日:4月5日(水)19:00~20:00(予定)
■テーマ:「深刻化する米中半導体対立、日本企業へのインパクト」
■講師:英オムディア(インフォーマインテリジェンス)、シニアコンサルティングディレクター 南川明氏
■モデレーター:日経ビジネス上海支局長 佐伯真也

■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員のみ無料となります(いずれも事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)

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