もう経済成長で社会の安定は買えない

 社会も、経済の発展とともにますます自由な空間を広げてきた。とりわけ国民の日常生活と関係の深い都市部の末端組織(「街道社区」)あるいは社会団体などは、党と政府の管理が不十分であった。中国共産党は、これらの、ある意味で野放図に発展し拡大した経済と社会の現場を整頓し、管理を強化しなければならないという課題に直面しているのだ。

 習近平政権による国内管理の強化は、総じて言えば、政策の実効性を高め、社会を安定させ、そうすることによって国民を満足させ、共産党の「統治の正当性」を確実にするためだ。外から見るのとは異なり、現実は相当必死だといえる。

 習近平政権は、これまでの政権以上に国民の不満に敏感となっている。習近平政権が、今日まで推進してきた政策で国民の多数が反対したり不満を持ったりするようなものは、一つとしてない。

 2021年7月初めに、中国の十数校の大学出身者が申請した留学ビザを米政府が拒否した。これらの大学は人民解放軍と関係があると認定したためだ。この件で、500人を超える学生が中国政府に支援を要請した。外交部スポークスマンは「もう米国に行くのはやめたらどうか」と言うのだろうと思っていたら、筆者の“期待”に反して、中国政府は米国政府と「厳正な交渉」をすると約束した。

 学生が米国で先端技術を学ぶのは中国の利益でもあるが、それ以上に、国民の不満を引き起こす事態は避けるという判断があったと見るべきだ。なぜなら学生たちにとって米国留学は長年の願いだったからだ。たまたま入学した中国の大学が軍に関係していたのは彼らの責任ではない。「そのような理由で夢がかなわなくなってはたまらない」ということで、学生たちは行動に出た。これは、学生たちの親たちの夢でもある。さらに、将来、米国に留学しようとする多くの学生や、その親たちの夢でもあるのだ。

 大多数の中国国民にとって、経済発展が続くのはもはや“当たり前”であり、誰かさんがもたらす“恩恵”ではない。多くの国民にとり、経済は発展し続けるものであり、歴史を引っ張り出して今を「感謝しろ」と政権に言われてもピンとこない。つまり「経済で(社会の)安定は買えない」時代になったということだ。

 中国における国家運営の重点は、経済の発展から国民生活の改善、つまり民政に移ってきている。もちろん経済が発展しないと何もできないのだが、それだけでは国民は満足しなくなった。「中国の夢」に「人民の幸福の実現」が入った理由である。中国共産党的に言えば「人民の間で日増しに増大する素晴らしい生活への需要と、不均衡で不十分な発展との間の矛盾」が「社会の主要矛盾」になったということだ。中国も民生重視の時代となった。

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