EUは現在「2030年までに温暖化ガスの排出量を1990年比で40%減らす」目標を掲げている。だがフォンデアライエン氏は演説の中で「我々はもっと努力しなくてはならない」として、削減目標を少なくとも50%、できれば55%に引き上げるとの姿勢を打ち出した。

 同時にフォンデアライエン氏は「私は地球温暖化に歯止めをかけるべく抗議デモを行った何百万人もの若者たちの主張に啓発された。我々は彼らの期待に応えるために、行動しなくてはならない」と述べ、スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥンベリ氏が2018年に始めたフライデーズ・フォー・フューチャー運動に理解を示した。

 フォンデアライエン氏は11月1日に委員長に就任した後「欧州のためのグリーン・ディール」というキャンペーンを発動することを約束。さらに欧州投資銀行(EIB)の一部を「気候保護銀行」という新組織に変更し、EU域内の温暖化ガス削減のために今後10年間で1兆ユーロ(約120兆円)の投資を行う。

 またドイツ政府は今年9月に「気候保護法案」を閣議決定する方針。フォンデアライエン氏も気候保護のためのEU指令を導入し、温暖化ガスの本格的な削減を全加盟国に求める予定だ。

 ドイツの経済学者らが首をかしげたのは、フォンデアライエン氏が演説の中で「温暖化ガス削減のための努力を十分に行っていない国からの製品について関税をかける」という提案を行ったことだ。国境炭素税と呼ばれるこの関税は、EU企業が製品の組み立てに使う半製品にもかけられる可能性がある。この場合、EU製品の価格競争力が弱まることになる。したがって経済学者の間で、このような関税を導入する経済的な意味について疑問視する声が出ている。

 フォンデアライエン氏の提案が実行に移された場合、EUの経済政策・財政政策のエコロジー化・グリーン化が進むことは確実だ。ドイツの経済界は、同国における政党別支持率で緑の党が今のところ首位にあることから、地球温暖化政策を重視する必要があると考えている。しかし米国やアジアの企業が同じ路線を歩まない限り、欧州での環境保護コストの増大は価格競争力の劣化につながる可能性がある。したがって経済界は、EU経済のエコロジー化のコストが今後どの程度になるかを、注意深く見守っている。

欧州議会議員の約44%が就任に反対

 もう一つドイツの経済界がフォンデアライエン氏の将来について懸念しているのは、この人物に対する欧州議会での評価が大きく分かれたことだ。欧州議会議員747人のうち、43.8%にあたる327人が同氏の委員長就任に反対票を投じた。賛成票は、過半数を9票しか上回らなかった。

 フォンデアライエン氏は、「民主主義では過半数はあくまでも過半数だ」と述べ、反対票の比率が43.8%と高かった事実を矮小(わいしょう)化しようとしている。

 327人が同氏を拒絶した最大の理由は、EUトップ人事が密室で行われたことにある。EUは2014年まで、欧州理事会で各国首脳が話し合い、委員長候補を決めていた。市民の間で「密室政治」という批判が高まったため、当時、欧州議会の議長だったマルティン・シュルツ氏(ドイツのSPD所属)の提案で、2014年に新たな制度を導入した。各会派が事前に筆頭候補を選び、最も議席が多い会派の筆頭候補を欧州理事会が委員長候補として指名する仕組みだ。

 この筆頭候補モデルには、「EUには民主主義が不足している」という右派ポピュリスト政党からの批判をかわす意図もあった。

 今回は、キリスト教精神を重視する保守政党の会派「欧州人民党グループ(EPP)」が、キリスト教社会同盟(CSU)のマンフレート・ヴェーバー氏を、社民党系の欧州社会・進歩連盟(S&D)がフラン・ティメルマンス氏(オランダ労働党)を筆頭候補として推した。欧州議会選挙ではEPPの議席が最多(182議席)で、2番目がS&Dだった(154議席)。

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