さらにフォンデアライエン氏は、EUの銀行監督権を欧州中央銀行(ECB)に収斂させた通称「銀行同盟」の中に、EU共通の預金保険制度を導入することも考えている。これはEU域内の銀行が経営破綻に陥った時に市民の預金を守るための制度だ。現在は各国が個別に持っている預金保護制度の枠組みを、EU全体に拡大する。この制度について、ドイツの経済界や言論界では批判的な意見が多い。「預金保険制度をEU全体に拡大すると、イタリアなどの銀行が破綻した場合、制度に大きな負荷がかかり、ドイツの預金者にマイナスの影響が及ぶのではないか」という理由だ。

EU共通最低賃金・失業保険を提唱

 またフォンデアライエン氏は、EU域内共通の最低賃金制度を導入することも提唱した。欧州の国々は現在、個別の最低賃金を設定している。フォンデアライエン氏の構想はこれをEU全体に広げようとするものだ。だがこの制度について、ドイツの経済学者から「最低賃金を政府が設定すると、失業者が増える恐れがある」として反対の声が上がっている。最低賃金よりも低い賃金で働くことを拒否する労働者が増加するからだ。

 そこでフォンデアライエン氏は、「EU共通失業再保険制度」を発足させることによって、深刻な不況が起きた時に各国政府の負担を緩和するシステムを作ろうと考えている。彼女の目標は、ドイツ政府が導入している短時間労働(クルツアルバイト)制度を、EU全域に広げることだ。

 短時間労働制度とは、どのような制度だろうか。2009年にリーマン・ショックによる不況がドイツを襲った時、同国の国内総生産(GDP)は5%も下落し、多くのメーカーで受注額が大幅に減った。自動車メーカーなどは生産を縮小し、多くの従業員に自宅待機を命じた。当然、メーカーは従業員を解雇して人件費を節約する誘惑にかられる。ドイツ政府は、熟練したエンジニアらを企業が解雇しないよう、労働時間の短縮によって給料が減った分の60%を負担した。この短時間労働制度のために、多くの従業員が路頭に迷わずに済んだ。

 さらに2010年に、ドイツの工業製品に対する外国からの受注が回復すると、ドイツ企業は自宅待機させていた従業員を直ちに工場に戻して、生産を再開することができた。もしもドイツ企業が多くの従業員を解雇していたら、2010年以降、生産量を通常の水準に短時間で戻すことはできなかったに違いない。フォンデアライエン氏はこの制度をEU全体に広げようとしている。

 フォンデアライエン氏はドイツでこれまで労働大臣、家庭大臣、国防大臣を歴任している。CDUでは主に社会保障と雇用政策に関わってきた。彼女が欧州議会で行った演説の中で、社会保障の重要性を強調し、社会民主党(SPD)や緑の党のような色合いを濃くしたのは、そのためである。

 さらに、欧州議会の社民党系会派や緑の党の会派では、EU委員長候補であるフォンデアライエン氏に対して懐疑的な意見が強かったため、同氏は演説の内容を「左傾化」させたのではないかという見方も根強い。ドイツの保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)はこの演説を「八方美人」と評している。

地球温暖化対策を加速

 ドイツの経済界が抱くもう1つの懸念材料は、フォンデアライエン氏が地球温暖化政策を強化する方針を演説の中で打ち出し、緑の党など環境保護勢力の耳に快く響くキャッチフレーズを使ったことだ。

 同氏は「私は欧州が、世界で最初の温暖化ガス正味ゼロの大陸になるよう努力を強めるべきだと思っている」と強調。正味ゼロとは、大気中に排出される温暖化ガスと、二酸化炭素回収貯留システム(CCS)や植林などによって大気から回収される温暖化ガスの量が均衡する状態のことだ。

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