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米空母「ロナルド・レーガン」。この7月、南シナ海において2度の演習を実施した。(写真:ZUMA Press/アフロ)

米国のマイク・ポンペオ国務長官が「南シナ海の海洋権益に対する中国の主張は完全に違法」との姿勢を明らかにし、注目を集めた。だが、米中関係に詳しい、笹川平和財団の小原凡司・上席研究員は、それに続く「中国に領土を侵害されていると考えるすべての国を支援する」との発言を重視する。これは何を意味するのか。今後、南シナ海に何が起こり得るのか。そして日本に与える影響はいかに。

(聞き手 森 永輔)

米国のマイク・ポンペオ国務長官が7月13日に声明を出し、南シナ海の海洋権益に対する中国の主張は「完全に違法」との姿勢を明らかにしました。2016年7月にオランダ・ハーグの仲裁裁判所が出した判決に米国の立場を一致させる、との意向です。これをどう評価しますか。

小原:私は、13日の声明よりも、ポンペオ長官が15日に記者会見でした発言の方を重視します。「中国に領土を侵害されていると考えるすべての国を支援する」と表明しました。13日の声明の趣旨は「国際法に従う」ということで、米政府の従来の姿勢からはみ出すものではありません。しかし、15日の発言は、「領土問題には関与しない」というこれまでの姿勢を転換するものだからです。

小原 凡司(おはら・ぼんじ)
笹川平和財団 上席研究員
専門は外交・安全保障と中国。1985年、防衛大学校卒。1998年、筑波大学大学院修士課程修了。1998年、海上自衛隊第101飛行隊長(回転翼)。2003~2006年、駐中国防衛駐在官(海軍武官)。2008年、海上自衛隊第21航空隊副長~司令(回転翼)。2010年、防衛研究所研究部。軍事情報に関する雑誌などを発行するIHS Jane’s、東京財団を経て、2017年10月から現職。(写真:加藤 康 以下同)

危機のラダーを上る流れの一環

この発言は、米国が「世界の警察官」の役割を再び演じる意向を示したものでしょうか。

小原:ドナルド・トランプ米大統領のこれまでの行動から推し量るに、それはないでしょう。あくまでも中国を封じ込める観点から歩みを一歩進めたものだと理解します。

 ただし、これが意味するところは非常に重いものです。領土問題というのは、価値観やイデオロギーと同様に、落としどころをみつけて妥協することのできない分野。米国はそこにコミットしたことになるからです。加えて、「支援する」対象は日本のような同盟国に限りません。ベトナムなど中国と紛争を抱えるASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国も対象として想定しているとみられます。

ポンペオ長官はなぜこの時期にそれほど踏み込んだ発言をしたのでしょうか。

小原:米国と中国は相互に不信感を抱き、対立のラダー(はしご)を徐々に上ってきました。今回もその一環と位置付けられます。直近では、新型コロナウイルスの感染拡大に米国で腐心する中、「中国がその隙を突いた」と見える動きを示しました。米国はこれに危機感を抱き、対抗措置を講じたのだと思います。

米空母セオドア・ルーズベルトで3月に集団感染が発生し任務を外れるなど、米国の前方展開能力が不安視される事態に陥りました。その時期に、中国は南シナ海で強硬な姿勢を示しています。4月2日には、中国海警局の公船がベトナム漁船に体当たりし沈没させました。

小原:そうですね。中国国営の新華社や共産党機関紙は「米軍は部隊展開能力に大きな打撃を受けた」と盛んに報じていました。

 ただし、中国は中国で米国に対し、新型コロナ危機が起こる前から危機感を高めていました。例えば、「中国近代海軍の父」と呼ばれる劉華清将軍が、中国共産党が結党100年を迎える2020年までに第2列島線*までの制海権を得るとの目標を立てました。これは達成することが必須の目標です。よって中国海軍はこれを実現すべく増強を進めてきましたが、いまだ実現には至っていません。西太平洋における米海軍のプレゼンスが強大であることが理由の1つです。

*:第2列島線は、伊豆諸島からグアムを経てパプアニューギニアに至るラインを指す。第1列島線は東シナ海から台湾を経て南シナ海にかかるライン。中国は第2列島線の内側を「聖域」と位置付ける